元祈祷師《エクソシスト》の俺の横には、吸血鬼の黛さんがいる。
ノロップ/銀のカメレオン
プロローグ
由緒正しき
そして、芥見家は初代より強力な霊魔の討伐を行っており、中でもヴァンパイアとの戦闘が多かった。ヴァンパイアは世界各地に古くから潜んでおり、昔ほどではないが、いまだにその消息を保っている。
裏の世界にある、世界エクソシスト協会で芥見家は日本支部の重鎮として扱われ、その地位に相応しい実績も先祖代々から絶やすことはない。
しかし、そんな芥見家で現在、跡継ぎ問題が発生している。
エクソシスト協会日本支部の
彼は幼少時より類い稀なる才を発揮し、彼の一生は人間を脅かす吸血鬼を狩ることに注がれた。
だが、そんな彼もやはり年齢による衰えには敵わない。
だがしかし、享受郎には子孫がいる。
名を
彼は父である享受郎から祈祷師の才を存分に受け継ぎ、幼少時から霊魔を狩ることを教えられ、その実力は世界でも名が通るほどまでに成長した。
これならば、あの伝説的な父である享受郎が一線を退いたとしても、世の人々の暮らしは安全だーー。
そう思われていた。
その中には当然、享受郎、さらには弥彦もいた。
一家団欒という言葉には程遠いその重苦しい雰囲気の中、弥彦は口を開いた。
「俺、エクソシストやめる」
その言葉は、家族全員を驚かせるには十分な破壊力があった。
それと同時に、家族全員を敵に回すことにも繋がった。
「お前、今なんて言った……? エクソシストをやめる……だと?」
強く太く、常人であれば竦み上がるような声音で、怒気を絡ませながら享受郎は言った。
「……私は何も言いません」
母である芥見ツグミは、苦々しい表情を見せながらも、そう言った。
「兄ちゃん、バカなの? 何考えてんの?」
妹である芥見セツナは父ほどとはいかないが、激昂している様子だ。
家族全員、賛成意見は皆無だろう。
しかし弥彦は気にせず、話を続けた。
「俺、普通の生活に戻りたいんだ。学校行って友達作って、帰りにどこか遊びに寄って……それで、将来は普通のサラリーマンになって……結婚して……。そんな、普通の
切実な弥彦の考えに、家族は胸を打たれたーーわけがなく、享受郎は立ち上がり、昔ながらのちゃぶ台返しを披露した。
「こんのぉ!! たわけがぁぁぁぁ!!!!」
エクソシスト持ち前の瞬発力で母、妹、弥彦はその場から離れた。
弥彦は動じず、享受郎の方へ向き直る。
やはり、憤怒に満ちた表情はマグマのように滾り、息子であれど容赦はしないという確固たる意志が汲み取れた。
「弥彦よ……貴様は何を考えている。芥見家代々の歴史に泥を塗るつもりか?」
「そんなこと考えていないよ。親父たちの仕事を否定しているわけじゃない。俺はただ、この仕事を生涯に渡って、人生を
「ふん! まるで世の中の全てがわかったような口を聞いているが、今更お前に何ができる? ロクに学校にもいかず、人との接しあいも知らんお前に」
「それはアンタが学校に通わせてもくれなかったからだろう!? 権力に物言わせて、義務教育課程を無視して中卒までの学歴を作ったくせに。俺は普通に学校に通いたかったんだ!」
「学校で教わることなどたかが知れている。最低限の知識はしっかり教育してきたつもりだ。義務教育を受けずとも、しっかり中学卒業までの学歴は確保してやったのだ。その温情に対して、権力に物言わせるだと……? この小僧が!!!」
享受郎は懐からクナイを数本取り出し、弥彦に向けて投げた。
対する弥彦も小太刀を腰から抜き出し、素早い手つきで全て弾く。
その間を母も妹も、何も言わず、ただ日常の風景であるかのように眺めていた。
そしてその時、妹であるセツナは思った。
(……で? このくだり、何度目だっけ?)
芥見家、父と子の戦闘、これで十度目である。
先ほどのセツナの言った「兄ちゃんバカなの? 何言ってんの?」は。「(お前この話し何回目だよ? いい加減にしろよ?)」という意味が込められていたのだ。
そんなことを思っていること数分、父と子の戦いは激しく、ついには庭にまで飛び出していた。
「はあぁ!!!」
「ふん!!! ヌルい! ヌルいぞ!」
芥見家の本邸の敷地はとても広く、
そうして待つこと小一時間。
「はあ……はあ……くそ、親父ィ」
「くっ……黙れ、ドラ息子……」
すでに二人の戦闘技術は互角。これまで何度も親子ゲンカという名の殺し合いは勃発したものの、致命傷に至るようなことは一度もなかった。
故に、母も妹も大して心配などしていなかった。
「……親父、どうしてもダメなのか?」
「……もう知らん。勝手にしろ」
「本当!?」
十度目の戦闘を経て、ようやく鬼の享受郎からの許しが出た。ーーと思いきや。
「その代わり、もう二度と芥見家の敷地を跨ぐことは許さん。何処へでも出て行け!!!」
「なっ……!?」
弥彦も流石に予想していなかった。
学校に行きたいという真っ当な理由で、親から絶縁されるなんて。
「まあ……」
「あーあ……」
母ツグミは悲しげな表情を見せ、妹セツナは想像がついていたような顔をして頭を抱えた。
「おい親父! それはさすがにないだろう!?」
「黙れ! 我が家に残ってエクソシストを続けるか、家を出て他人としてこれからを生きるかの二択だ! 五秒で決めろ!」
「う、嘘だろう……」
(この親父、狂ってやがる……)
これまでの人生、弥彦はこの家で過ごしてきた。突然の絶縁宣言に戸惑うも、やはり彼の決意は変わらなかった。
「……今まで、お世話になりました」
簡潔にそう言い残し、弥彦は家を出る支度をしにその場を離れる。
「……ふん」
「享受郎さん、良いのですか? あの子、まだまだ子供ですよ?」
「知らん。男が一度決めたことだ。己で決めたことも通せんでどうする」
「そうですか……」
ツグミは弥彦の背中を、ただ目で追うしかなかった。自分が腹を痛めて産んだ子供が、こうも突然親元を離れてしまうということに胸が痛むものの、我が家の大黒柱である享受郎の意見は絶対。
何も言わず、せめて弥彦には元気に過ごしてほしいと願った。
***
「兄ちゃん、マジなわけ? 今更学校なんて行ってどうするの?」
セツナは荷造りをしている弥彦の背中越しに声をかけた。
「……マジだよ。大マジ。それに、全然今更じゃないからな? 俺やお前が普通じゃないだけで、普通の学生はみんな高校に進学するんだし」
「私は勉強嫌いだからその考え方全然わかんない。まあたまには帰ってきなよ」
「帰らん」
「私が寂しいって言っても?」
セツナの言葉に振り向く弥彦。
普段はツンケンしているセツナでも、こんなことを言うのだなと思い、弥彦は苦い顔をする。
「……ま、俺はこれから一人暮らしするから、寂しけりゃたまに遊びに来いよ」
「……誰が行くか」
弥彦はまとめた荷物を背負って、セツナの頭をポンっと優しく叩いて、玄関へと向かう。
玄関まで行くと、母ツグミが待っていた。
「……それじゃあ、母さん。今まで本当にありがとう」
「ええ……。体には気をつけてね……本当に」
普段はあっさりした性格の母だが、うっすらと目の端に涙が見えた。その涙に自分の決心がつい揺らいでしまうも、首を振って気を取り直した。
そして、ドアを開き
「行ってくる!」
弥彦は本日をもって、エクソシストとして生活を終えた。
…………はずだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます