元祈祷師《エクソシスト》の俺の横には、吸血鬼の黛さんがいる。

ノロップ/銀のカメレオン

プロローグ

 由緒正しき芥見あくたみ家は、先祖代々続く祈祷師エクソシストの名家である。

 そして、芥見家は初代より強力な霊魔の討伐を行っており、中でもヴァンパイアとの戦闘が多かった。ヴァンパイアは世界各地に古くから潜んでおり、昔ほどではないが、いまだにその消息を保っている。

 裏の世界にある、世界エクソシスト協会で芥見家は日本支部の重鎮として扱われ、その地位に相応しい実績も先祖代々から絶やすことはない。


 しかし、そんな芥見家で現在、跡継ぎ問題が発生している。

 エクソシスト協会日本支部のおさ芥見あくたみ享受郎きょうじゅろう60歳。

 彼は幼少時より類い稀なる才を発揮し、彼の一生は人間を脅かす吸血鬼を狩ることに注がれた。

 だが、そんな彼もやはり年齢による衰えには敵わない。


 だがしかし、享受郎には子孫がいる。


 名を芥見あくたみ 弥彦やひこという年若き少年である。


 彼は父である享受郎から祈祷師の才を存分に受け継ぎ、幼少時から霊魔を狩ることを教えられ、その実力は世界でも名が通るほどまでに成長した。

 これならば、あの伝説的な父である享受郎が一線を退いたとしても、世の人々の暮らしは安全だーー。


 そう思われていた。


 今日こんにち、芥見家にて家族揃っての会議ーーいわゆる、家族会議なるものが実施されている。

 その中には当然、享受郎、さらには弥彦もいた。


 一家団欒という言葉には程遠いその重苦しい雰囲気の中、弥彦は口を開いた。



「俺、エクソシストやめる」



 その言葉は、家族全員を驚かせるには十分な破壊力があった。

 それと同時に、家族全員を敵に回すことにも繋がった。



「お前、今なんて言った……? エクソシストをやめる……だと?」


 強く太く、常人であれば竦み上がるような声音で、怒気を絡ませながら享受郎は言った。


「……私は何も言いません」


 母である芥見ツグミは、苦々しい表情を見せながらも、そう言った。


「兄ちゃん、バカなの? 何考えてんの?」


 妹である芥見セツナは父ほどとはいかないが、激昂している様子だ。


 家族全員、賛成意見は皆無だろう。

 しかし弥彦は気にせず、話を続けた。


「俺、普通の生活に戻りたいんだ。学校行って友達作って、帰りにどこか遊びに寄って……それで、将来は普通のサラリーマンになって……結婚して……。そんな、生活くらしがしたいんだ。もう、血にまみれた生活は、嫌だ……」


 切実な弥彦の考えに、家族は胸を打たれたーーわけがなく、享受郎は立ち上がり、昔ながらのちゃぶ台返しを披露した。



「こんのぉ!! たわけがぁぁぁぁ!!!!」



 エクソシスト持ち前の瞬発力で母、妹、弥彦はその場から離れた。


 弥彦は動じず、享受郎の方へ向き直る。

 やはり、憤怒に満ちた表情はマグマのように滾り、息子であれど容赦はしないという確固たる意志が汲み取れた。


「弥彦よ……貴様は何を考えている。芥見家代々の歴史に泥を塗るつもりか?」


「そんなこと考えていないよ。親父たちの仕事を否定しているわけじゃない。俺はただ、この仕事を生涯に渡って、人生をしてまでやりたくはないということさ」


「ふん! まるで世の中の全てがわかったような口を聞いているが、今更お前に何ができる? ロクに学校にもいかず、人との接しあいも知らんお前に」


「それはアンタが学校に通わせてもくれなかったからだろう!? 権力に物言わせて、義務教育課程を無視して中卒までの学歴を作ったくせに。俺は普通に学校に通いたかったんだ!」


「学校で教わることなどたかが知れている。最低限の知識はしっかり教育してきたつもりだ。義務教育を受けずとも、しっかり中学卒業までの学歴は確保してやったのだ。その温情に対して、権力に物言わせるだと……? この小僧が!!!」


 享受郎は懐からクナイを数本取り出し、弥彦に向けて投げた。

 対する弥彦も小太刀を腰から抜き出し、素早い手つきで全て弾く。

 その間を母も妹も、何も言わず、ただ日常の風景であるかのように眺めていた。


 そしてその時、妹であるセツナは思った。


(……で? このくだり、何度目だっけ?)


 芥見家、父と子の戦闘、これで十度目である。


 先ほどのセツナの言った「兄ちゃんバカなの? 何言ってんの?」は。「(お前この話し何回目だよ? いい加減にしろよ?)」という意味が込められていたのだ。


 そんなことを思っていること数分、父と子の戦いは激しく、ついには庭にまで飛び出していた。


「はあぁ!!!」


「ふん!!! ヌルい! ヌルいぞ!」


 芥見家の本邸の敷地はとても広く、金属金属がぶつかり合う音がしていても近所迷惑にはならないが、見守る母と妹としてはうんざりしてくるものだ。


 そうして待つこと小一時間。


「はあ……はあ……くそ、親父ィ」


「くっ……黙れ、ドラ息子……」


 すでに二人の戦闘技術は互角。これまで何度も親子ゲンカという名の殺し合いは勃発したものの、致命傷に至るようなことは一度もなかった。

 故に、母も妹も大して心配などしていなかった。


「……親父、どうしてもダメなのか?」


「……もう知らん。勝手にしろ」


「本当!?」


 十度目の戦闘を経て、ようやく鬼の享受郎からの許しが出た。ーーと思いきや。


「その代わり、もう二度と芥見家の敷地を跨ぐことは許さん。何処へでも出て行け!!!」


「なっ……!?」


 弥彦も流石に予想していなかった。


 学校に行きたいという真っ当な理由で、親から絶縁されるなんて。


「まあ……」


「あーあ……」


 母ツグミは悲しげな表情を見せ、妹セツナは想像がついていたような顔をして頭を抱えた。


「おい親父! それはさすがにないだろう!?」


「黙れ! 我が家に残ってエクソシストを続けるか、家を出て他人としてこれからを生きるかの二択だ! 五秒で決めろ!」


「う、嘘だろう……」


(この親父、狂ってやがる……)


 これまでの人生、弥彦はこの家で過ごしてきた。突然の絶縁宣言に戸惑うも、やはり彼の決意は変わらなかった。


「……今まで、お世話になりました」


 簡潔にそう言い残し、弥彦は家を出る支度をしにその場を離れる。


「……ふん」


「享受郎さん、良いのですか? あの子、まだまだ子供ですよ?」


「知らん。男が一度決めたことだ。己で決めたことも通せんでどうする」


「そうですか……」


 ツグミは弥彦の背中を、ただ目で追うしかなかった。自分が腹を痛めて産んだ子供が、こうも突然親元を離れてしまうということに胸が痛むものの、我が家の大黒柱である享受郎の意見は絶対。

 何も言わず、せめて弥彦には元気に過ごしてほしいと願った。


 ***


「兄ちゃん、マジなわけ? 今更学校なんて行ってどうするの?」


 セツナは荷造りをしている弥彦の背中越しに声をかけた。


「……マジだよ。大マジ。それに、全然今更じゃないからな? 俺やお前が普通じゃないだけで、普通の学生はみんな高校に進学するんだし」


「私は勉強嫌いだからその考え方全然わかんない。まあたまには帰ってきなよ」


「帰らん」


「私が寂しいって言っても?」


 セツナの言葉に振り向く弥彦。

 普段はツンケンしているセツナでも、こんなことを言うのだなと思い、弥彦は苦い顔をする。


「……ま、俺はこれから一人暮らしするから、寂しけりゃたまに遊びに来いよ」


「……誰が行くか」


 弥彦はまとめた荷物を背負って、セツナの頭をポンっと優しく叩いて、玄関へと向かう。

 玄関まで行くと、母ツグミが待っていた。


「……それじゃあ、母さん。今まで本当にありがとう」


「ええ……。体には気をつけてね……本当に」


 普段はあっさりした性格の母だが、うっすらと目の端に涙が見えた。その涙に自分の決心がつい揺らいでしまうも、首を振って気を取り直した。

 そして、ドアを開き


「行ってくる!」



 弥彦は本日をもって、エクソシストとして生活を終えた。




 …………はずだった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る