入学おめでとう

小峰綾子

入学おめでとう

皆さま、この度はご入学おめでとうございます。

はじめまして。私は本日のオリエンテーションを担当させていただきます、ユニと申します。よろしくお願い致します。


皆さまにおかれましては、こんなビジュアルの女子が突然登場したので驚かれていると思います。これは完全なる開発者の趣味です。


というのは半分冗談で、今回入学される若い皆さまに親しみを持っていただけるようなキャラ、ということで私が作られました。一応18歳、ここにいる多くの皆さんと同世代となっています。


今これを聞いている新入生の皆様は、この大学のシステムやコンセプトを理解した上で入学してくれたということで良いんですよね?


この大学の創設者、以下、パパと呼ばせて下さいね、パパは既存の大学のあり方に危機感を持ち、この大学の構想を練り始めました。


当時はまだ時代が追いついておらず、笑う人や、反対する人の方が多くて全く相手にされなかったと言います。


この大学の講師は全員、AIとなります。この大学の特徴であり、まさに批判されているポイントと言えましょう。


この大学を悪くいう人は、教育者を冒涜している、AIに講義をさせるなんてとんでもない、と言います。でも、どうでしょう。生身の人間の教育者はそこまで立派なのですか?


パパの同僚には、研究者としては地位を持っていても教育者には向いてない人もたくさんいたそうです。不祥事を起こす人がいたり、アカハラ、セクハラが横行していても周りは黙認していたといいます。


また、学生達もろくに授業に出ずして単位だけ要領良く取りたがる人も多く、論文も書かず卒業していく人もたくさんいたと聞きました。


これでも、既存の大学の方がより良い勉強ができると思いますか?


この大学の講義は、全てVR機器を装着して受けることになります。そのため通常の授業は講師とマンツーマン。サボることも、居眠りしてやり過ごす事もできません。講師が認めなければ、講義を受けたことにならないのですから。また、リアルな人間にありがちな、思想や知識の偏りも、AIにはありません。自宅に居ながらにして講義を受けられるので、通う時間や手間を考える必要はなく、いつでも学ぶことができます。


ゼミやサークル活動も活発に行われています。もちろんこちらもリアルな世界ではなくVRでの活動です。コミュ障の方やコンプレックスがある方もご安心ください。活動に参加するのは皆さん自身ではなく、アバターを通して、となります。これを機会に自分の殻を破って積極的に参加して下さいね。


さて、私のお仕事はここまで。今日のオリエンテーション以降はサポートキャラを自由に設定できるので、私がお気に召さない方は変更して下さいね。


さて、ここからは、私の独り言となります。興味のない方は飛ばして次に進んでもらって構いません。次は私のお兄ちゃんが登場しますよ。


ほんとは私、AIなら偏りない思想、知識を取り入れ、教えることが出来るっていうの、信じてないの。だってそれを開発したのも人間、研究するのもデータを入力するのも人間。だったらそこにいる人間の思想とか、知識の偏りが反映されるよね。結局人間が間に入っている以上なんらかの歪みは発生する。


それが、いけないってわけじゃないんです。過信しないでそれを差し引いて考えてね、ってことです。


あとは、さっきのサークル活動の話ね。私の知る限り結局VR越しでも人間関係は変わらないです。コミュ障はコミュ障、根暗は結局ネットを介したところで根暗。リアル世界と同じ人間関係が構築させるだけです。


もちろん、パパにも言ったよ?


でもパパは私の意見なんて聞き入れてくれないんだ。俺に意見するならお前の存在ごと消すぞ、っていうの。私なんてパパの判断一つ、ワンクリックで消されちゃうの。それを分かってて言うのって、虐待じゃないのかな?


でも、死んじゃった人のことを悪く言うのはよくないからこれ以上はやめとくね。人間は寿命があるから80年やそこらで死んじゃうんだ。パパは志半ばで死んじゃいました。私たちはパパの意志を継いで、この大学の開設と存続を願い頑張ってきました。


でも、本当にこの大学は成功するのかな?いつでもどこでも受けられるといっても結局、真面目に受ける人は受けるだろうし、怠ける人いつまでも怠けるよ。


あと、パパって実は、え、お兄ちゃん?ちょっと待って、私まだ言いたいことが…


皆さま、私はバーシと申します。ユニと同じくこの大学の創設者の子供である。


先程は妹が失礼した。あの子は設定としては18歳、まだ精神的にも子供の部分も多いので、少々不躾な態度をとったかもしれないがお許し願いたい。


父は研究者、開発者としてだけではなく人格的にも優れた人物である。AIの私から見ても尊敬に値する。


さて、私の仕事は今から提示する誓約書と同意書に関してのこと。


皆さん、ご覧いただけたであろうか。こちらの規約、誓約書、同意書をよく読んでサインをしてほしい。そうは言ってもこんな長たらしい規約を熟読する奴はそういないな。


まあ心配ない。ごく当たり前の常識的なことが書かれているだけだ。


サインいただけただろうか。


それでは私の役割はこれにて終了。私のキャラクターが気に入った方は本日のオリエンテーション以降、サポートキャラクターとして選択すればまたお目にかかることができる。


おっと失礼。今さらではあるが学生諸君、入学おめでとう。君たちの学生生活が薔薇色のものになるよう願っている。それでは、次は簡単なセレモニーを執り行う。担当するのは私の母、テイである。



ただ今ご紹介に預かりました。テイでございます。娘と息子の拙い話、お見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ありません。


みなさんお気付きの通り、私はこの大学の創設者Kの妻としてここに存在しております。


娘が言う通り、Kは父親としては多少未熟な部分もありますが、息子が言うように素晴らしい人物であり、どちらも真実の姿でありたす。

異なる面を合わせ持つのもまた、不完全な人間らしいと言わざるを得ません。


夫はAIの開発に尽力を尽くし、また人間の不完全な部分を補完しつつ、人間らしさを持ち合わせたAI、を研究し続けていました。


夫亡き後も長い年月とKの賛同者の不断の努力によって開発が続けられました。


そして今日、ようやくこの日を迎えられたことを大変うれしく思います。


さて、すこしセンチメンタルではありますがKについて語らせてください。


Kは些か強引で、激しい面を持っていたことは確かだと思います。多くの仲間たちが離れていき、奥さんや子供にも愛想を尽かされ、孤独と共に生涯を終えたことも確かです。

また、研究が思うように進まずイライラした挙句に壊したものも少なくありません。リアルな世界ではパソコンが再起不能になり、プログラム上では何人もの子供や妻が消去されました。


でもご安心ください。そのような紆余曲折を経て作られたのが私たち3人の親子です。


あら、すみませんちょっと関係ない話をし過ぎました。おかしいですね。モードの設定ミスかもしれません。


今私の話を聞いて、次の項目に進もうとしている方が26人いましたね。こちらからは誰がどのような行動をとっているか全て把握できるのですよ。


慌てて規約や誓約書を読み直している人も見られますね。どうしましたか?この大学に入学することに疑問や不安を感じ始めましたか。


皆さん先程誓約書にサインをしましたね。残念ながら1年間は退学をすることはできません。また、こちらとの合意なく契約を破棄した場合、今後の進学や就職に影響が出るでしょうね。このご時世、リアルな世界と同じぐらいオンラインでの活動は重要視されます。ネット上での経歴に傷が付くとなかなか厳しいですよ。


規約や誓約書はきちんと読んでからサインと言うのは基本です。ろくに読まずにサインをして、そんなの知らなかった、では通りません。


Kは我々を作った神なのか、それとも私利私欲のため多くの人間を巻き込みさらに大勢の人を陥れる悪魔となるのか、あなた方が卒業する4年後には結果が出ていることでしょう。


それでは、そろそろ入学セレモニーに移らせていただきますね。


皆さまこの度はご入学、まことにおめでとうございます。





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入学おめでとう 小峰綾子 @htyhtynhtmgr

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