Knight Killers~涙雨を知る者達~
本田玲臨
Episode.0 An enemy or the friend is a fine line.
寝静まる夜中の倉庫群のとある一角。男と女が物陰に身を隠して立っていた。
ふわふわとした茶髪の男は、眠たそうな緑の瞳で、拳銃を構えて狙うという動作を確認している。
細身ながらきちんと必要な筋肉の付いた肉体は、動きやすそうな闇に溶け込む色合いの服装に身を包んでいる。
さらりとした黒髪を鼻辺りまで伸ばして目元を隠す女は、腰に拳銃を直して薄く笑みを浮かべている。
男と同じく闇夜に溶ける服装に、細くしなやかな身体を包んでおり、見える生足は月明かりに照らされて酷く白く光る。
「今回は全員の殺しは駄目ですよ」
「.....うん」
女は男へ言い聞かせるように言う。男は眠そうに目の下を擦りながら、静かに頷いた。
そうして欠伸を一つ。
それを見て、女は苦笑いをして肩を竦める。
「それじゃー、お仕事やりますかね」
女は腰のポーチから握り拳の大きさをした迷彩柄の手榴弾を取り出すと、手でピンを抜いて放り投げた。
こつん、と地面に当たった小さな音と共に激しい爆発音が鳴る。
火の粉が飛び散ったのか、倉庫のダンボール箱が燃え始める。
「場所、変えましょう。私は左で」
「俺は右」
「
「了解した」
男は首元に付けている黒地に赤紫色の線が入ったネックウォーマーを鼻まで覆い、煙の中を駆けて行った。
女はその背を見送って、煙の少ない裏口へと回り込む。
裏口にはまだ誰も居らず、火元へ駆ける人間の姿がちらほらと見えるばかりである。
女は彼らに見つからないよう身を隠し、人が来ている方向へと向かう。
彼女の耳にいくつもの銃声が鳴るが、気に止めない。
あの男があの人数に負ける訳はないのだから。
しばらく駆け、女は倉庫群に模したと思われる小さな小屋を見つける。
全部で三つだ。
「面倒臭い」
女はもう一つ残しておいた手榴弾を一番近い小屋へ投げ入れる。
ものの数十秒で爆発し、女は中へと入り込む。
灰色の煙がもくもくと立ち込み、そのせいで視界は悪い。女は眉間に皺を寄せながらも、小間切れになった死体をぐちぐちと音を立て踏みつつ進んで行く。
この小屋には死体以外にインスタント食品の入ったダンボール箱が数個積まれているばかりで、めぼしい者はいなかった。
「外れかぁ」
女は口の中で舌を打ち、次の小屋へ行こうとした時。彼女の耳に駆ける音が入って来た。
スッと拳銃を抜いておき、人の姿が見えた瞬間に二発の弾を撃ち込む。
銃声が鳴り止んで少ししてから出口へ向かうと、額と鼻頭に血をだらだらと流す小さな穴の空いた男が倒れていた。
辛うじてまだ意識はあるようで、助けを乞うようにぱくぱくと口を動かしている。
「もう少し足音、抑えた方がいいよー」
女はそう言いながらポーチから折りたたみ式のナイフを取り出し、男の喉元を躊躇いなく裂いた。
そこから血飛沫が上がり、女は顔に付いた血液をぐいっと拭い取る。
「さて、と」
女は弾丸を詰め直して、その横の小屋へ足を踏み入れる。
そこも先程と同じく、インスタント食品しか置かれていない。
先程の爆発音で慌てて飛び出したのだろうか、部屋が荒らされたようになっている。
女はキョロキョロと室内を見回してから、外へ出る。
「宝物は一番奥に、ねぇ。在り来りなゲームだなぁ」
女は最後の小屋の扉を思い切り蹴破る。
その瞬間、女に向かって槍が突かれた。
素早く女は身体を動かして躱すが、頬に細長い傷を負う。
が、特に気にせずに不格好な体勢のまま、目にも留まらぬ早さで拳銃を抜き、その男の額に寸分の狂いなく撃ち込む。
男はバランスを崩してその場に倒れ込む。
ぴくぴくと四肢が痙攣しているので、憂さ晴らしに更に三発背中と腰に当ててから、中へと入る。
「ふん、嫁入り前の女に傷付けるなんて、最低だな!」
ニヤニヤと笑いながら吐き捨てるように言い、女は中へと入る。
先程と特に代わり映えのない、飾り気のない部屋だった。
ここの何処かに居るという目論みが外れた苛立ちに任せて、女は口の中で舌を打ち、積まれたダンボール箱を蹴り倒す。
「んっ.....」
女は呻くようなその小さな声で、更に蹴ろうとしていた足を止め、次々にダンボール箱を倒していく。
そこには口にタオルを咥えさせられ、座っている黒髪に青目の男が居た。
子どもとは言わないまでも、ここに居た人間とは違う、若い男だ。
恐らく、女と同年代だろう。
彼の恐怖に歪む顔色を眺め、女は小さく笑いかける。
「.....君さ、カヴィくんで合ってる?」
「.....っ?ん.....」
彼の首肯と返答に女は心底嬉しげに笑い、ポーチから折りたたみ式ナイフを取り出す。それを見ただけで男の身体は震えた。
「あー...、怖がらないでいいよ。私達は君のお父さん達に金を積まれて雇われただけの"Knight Killers"だから」
主に殺し屋として生計を立てる、何でも屋に近しい闇の職業、それが"Knight Killers"と呼ばれる人間達だ。
利害の一致した人間同士で徒党を組み、安全に仕事をするのが、彼らの定石である。
この可憐な女も、そんな血生臭い職業をしている人間なのだ。
「...よし、震えは止まったかな?縛ってる縄を切るから、動かずに少し待ってね?」
女はカヴィと呼ばれる男の手首を拘束する縄を切り離し、両手を自由にしてやる。
それから口のタオルを外す。男は何度か口周りの筋肉を動かしてから、軽く咳き込む。
「けほっ...。あ、あの、...ありがとうございました」
「ん、いいよ。仕事だからね」
「あぁ、そうですよね...」
男は少し苦笑いを浮かべた。
女は男の身体に特に目立った外傷がないのを確認して、ポーチから小さな電子端末と、それへ繋ぐイヤフォンを取り出す。
「それは?」
「仲間へ連絡する道具だよ。凄い高価だけどね、その分は高性能だから」
「へぇ...。お一人で来られた訳じゃないんですね」
「うん、少し離れた所に居るから、連絡しないと」
いけないんだ、と女が口に出そうとした時、男はいきなり襲いかかった。
女を押し倒し、男が馬乗りになる。女はまさかの事態に目を白黒させる。
想定外である。
誘拐された人物を助け出したと思ったら、まさかその助けた人間に襲われるとは、考えになかった。
「っ!?.....くっ、.....はっ、な、.....んで...」
男は容赦なく女の首に手を置き、ぎりぎりと首を締めていく。
女ははくはくと口をしきりに動かしながら、空気を吸おうと懸命に動いている。
女は抵抗しようと、男の腹へ蹴ったり殴ったりするものの、酸素の脳への供給不足で徐々に動きに制限がかかり始める。
「帰りたくない。俺はまた、あんな場所に戻るのは、嫌だ...っ!」
首を絞められているのは女だというのに、男の声音は酷く震えていた。
男はふいと女の瞳を見た。
長い黒の前髪は暴れたせいで乱れており、彼女の紫の瞳の中心の──、
「っ.....!?」
その目に刻まれた白の十字架に目を奪われた。
僅かに緩んだ力に気付き、女は手を腰へと回した時。
パン、と軽く銃声が空間に鳴り響き、男の身体が傾ぐ。
男が最後に見たものは、暗闇の中に立つ血に濡れた男の姿であった。
腕を狙撃された男は、その痛みかあるいは衝撃かによって、気絶してしまった。
女の上へ力のなくなった男が寄りかかる。
女はぐったりと力のない男から這いずるように逃げ出し、長く呼吸して息を整える。
それから男を見上げた。
「ありがとうございます、たいちょー」
「そのあだ名は止めて」
男は女の額をピシッと指で弾くと、それから男の腕の手当てをしに向かう。
「...何で襲われたの?」
「さぁ?まぁでも.....、口振りから察すると、彼は自由になりたいんでしょうね」
「成程な」
男は止血剤を取り出して傷口に丹念に塗りこみ、それから包帯をきつく巻き上げていく。
女は首元を数度撫でてから、外へ注意を向けて思い出すように「そう言えば」と口にした。
「何?」
「フェリさん、今回は何人殺したんです?」
「さぁ、覚えてない。とりあえず、目の前に来た人間は全員」
「いつも通りの狂いっぷりで何よりです」
女はにこっと微笑む。
フェリは小さく溜息を吐き、ぐったりとしている男を抱え上げて、ひょいと肩に乗せる。
女が残党がいないか辺りを見回しながら先導し、フェリはその後ろを付いていく。
「それにしても、フェリさんよくすぐ来ましたね。いつもなら迷子になるのに」
「爆発音の方へ向かったから」
「成程。次からは手榴弾を多く持っていきますか!」
「ユラ、それは周りに居場所がバレるから止めよう」
「冗談です」
ユラはへらっと笑い、滑らかなメロディーの鼻歌を歌い始める。
フェリは小さく溜息を吐くばかりだった。
倉庫群から抜けると、そこには黒塗りの長い車があり、数人の黒スーツの男達が立っていた。
フェリとユラ、肩に乗せられている男を見て、スーツの男達は三人へ近付く。
「すみません、無傷のお約束でしたけど」
「構いません。命さえ無事であれば」
フェリはスーツ姿の男に抱えていた男を受け渡し、ユラの横へ並び立つ。
「今回はエノ・カンパニーの極秘任務。青年を誘拐犯から助ける事。これで任務完了でよろしいですか?」
胡散臭さを多分に含んだ笑みで、ユラは彼らへ訊ねる。
「そして、俺達はこの話は他言無用。もし噂が出回った場合には、別の"Knight Killers"を仕向ける」
フェリはユラの足りない言葉を繋ぐように、ぼそりとそう言った。
「理解して頂けているようで、何よりです。それでは、今回の報酬です、お受け取りください」
スーツ姿の男は車の中から鞄を取り出し、ユラへ手渡した。
ユラは地面にそれを置き、中身を確認する。
銃弾が百数発分に、砥石が十数個。厚い札束も数個入っており、全体を足すとかなりの金額になるだろう。
ユラは満足げに頷き、鞄を閉める。
「それじゃ、またご贔屓に」
「えぇ、貴方達のその腕の良さに感謝します」
「..........あの、」
フェリが車に乗り込もうとする男を引き止めた。
その行動に男は勿論、ユラも驚いた。
「彼、貴方達に怯えているようでしたけど」
「余計な詮索は死にますよ」
スーツ姿の男がその言葉を口にした瞬間、ユラはその男へ拳銃の銃口を突きつけていた。
それは目にも留まらぬ早さで。
「フェリさんを殺せるもんなら、殺してもいいですよ?ただまぁ、私、許しませんがね?」
口は確かに笑っているが、その口振りからは決して冗談には聞こえなかった。
男はグッと息を飲み込む。数の多さは彼ら側の方が圧倒的に多いというのに、彼女の雰囲気は彼の首を絞めつける。
「.....ユラ」
フェリの低く落ち着いた声に、ユラは舌を打ち拳銃を下ろす。
「単なる興味本位で聞いて申し訳ありませんでした。ただ、ほんの少し気になっただけなので」
フェリは静かにそう言い、頭を下げた。
スーツ姿の男は「いえ」と小さく呟き、慌てて車へと乗り込む。
彼の部下全員が乗り込むと、車はあっという間に倉庫群から出て行ってしまった。
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