朗らかな春の夜に
鍵山 カキコ
ケーキと夫婦と物語
「おめでとー!」
皆さんこんにちは。私の名前は長里幸恵。
そして、今日は私達の結婚記念日。
私はケーキに刺さったロウソクの火を消して、それを三つに切り分ける。
「ケーキ美味しそうよね〜。早く食べたいわよね〜?」
「……キャッキャッ」
いつもはいくらあやしても中々泣き止んでくれない我が子。でも今日は両親に「おめでとう」と伝えるかのように、にんまり笑っている。
「さあ、アナタもケーキを食べましょ。……え? 大きいのが良いって? 仕方ないわねぇ」
本当、食いしん坊で困っちゃう。
でもいつもお料理を沢山食べてくれるから、作り甲斐はあるんだけどね。
「よ〜し。じゃあ食べましょっ。
って喋っている間に、向かいに座る夫はケーキを食べちゃってるし。食い意地張ってるわねー。
「勝手に食べ始めちゃうパパなんてガッカリよね、奈美ちゃん?」
娘の頬をツンとつついた。
彼女は一瞬体を震わせたが、すぐに私に同意するかのように「うぅぅ……!」と唸った。
「まあパパは放って、食べ始めちゃおっか。奈美が食べられるように私ケーキを手作りしたから、貴女にもしっかり味わってもらわないとっ」
皿に盛られたケーキの少量を取り、娘の口に近付ける。
奈美は大きな口でそれを受け取ると、くりくりした瞳をぱちくりさせた。
「おいしー?」
「キャハハッ」
「良かった。お口に合ったみたいで。じゃ、私も」
お菓子作りは得意じゃない上、ケーキを作ったことが無いから不安で仕方なかった。けど、夫も娘も幸せそうに頬張っているから、きっと大丈夫。そう思ってケーキを口に含んだ。
「……美味しい」
けれど、少し物足りない気もする。
娘がもっと大きくなったら、ボリューミーなケーキを作ってみるのも悪くないわ。
そのために、当分は練習しないとっ。
なんて考えていると、夫がケーキを食べ終えたのが目に入った。
満足そうにお腹をさする彼の目をじっと見つめ、私は笑顔を見せる。
「もう結婚して4年ね。……これからもずっと、一緒にいましょうね」
彼がはにかんでいても構わず、私は「本当におめでたいわね」と続けた。
記念日でもないと、恥ずかしい台詞なんて中々言えないし。折角の機会だもの、ね。
「さて奈美ちゃん、もう寝んねのお支度しましょうね〜」
△ △ △
──本当におめでとう、幸恵。
僕のこの声は、届いているようで、きっと届かないんだろうな。
3ヶ月前から君は、おかしくなってしまった。
僕のせいだ。ごめんな、幸恵。
いくら泣いても、嘆いても、僕は幸恵を抱きしめる事ができない。
傍に存在することさえ、不可能なのだ。
奈美、希望はお前だけだ。
いない人をあたかもその場に存在しているかのように扱うお母さんは、怖いかもしれない。
けれど、お前は全て理解している。
1歳にもなっていないのに愛想笑いが出来るというのも凄いことだ。
だから。
幸恵を支えてやってくれ。
「おい、長里優希。こっちに来い」
僕にはもう、時間が無いから。
「はい」
それからは、逃れる事は出来ないんだから。
「この機械に入るんだ。そしたら全て忘れて、新しくなれる」
神様が決めたことなんだ。ごめんな、ごめんな。
「分かりました」
僕の愛した二人なら、きっと素晴らしい親子になれるはずだから。
「よし。じゃあ……さよなら」
僕の姿形が変わっても、また、逢えたらいいな──
ガシャン!
──君達と僕の未来に……乾杯。
朗らかな春の夜に 鍵山 カキコ @kagiyamakakiko
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