夜明けのブギー

エリー.ファー

夜明けのブギー

 初めて会ったときに、三年後、君は死ぬといいました。

 病気なんだとそう言いました。

 私は覚えていますし、そういうネガティブな始まり方をする恋愛をしたことがありませんでした。

 私にとって貴方は別に好きでもない人で、嫌いでもない人で、正直恋人がいない間の繋ぎでした。だから、そういう重い話をされても正直困りました。こんなことになっていい思いなんてするつもりはなかったですし、貴方との関係が重荷になる前に逃げようと思いました。

 そして。

 逃げる気で始まった恋でした。

 一年目、貴方は右足の切断ということになりましたね。

 癌の転移が著しく、右足の切断は当然のことだと笑っていましたね。正直、恋人という名前だけの関係の私に貴方が、そんな話や、そういう現実を突き付けてくるものですから戸惑いました。勝手に重くなっても困るだけなので。

 ただ、私は手術にいく途中の貴方の手を掴んで祈っていましたね。どうにか、右足が切断しなくてもいい状態だと、手術寸前に気づかないか、と。それこそ癌自体治っているのではないか、と。

 やはり、心配にはなるのです。

 二年目、貴方は視覚と聴覚を失いましたね。

 何もかも感じなくなった貴方は自分の思いを文字にしましたね。最初のうちは喋っていたのに、筆談が増えていくと少しずつ黙っていきました。

 あれは胸にきました。

 でも、その代わりのように瞑った瞳のまま表情は豊かになりましたね。

 私は少しでもあなたが私を近くに感じられるように、常に寄り添っていましたね。貴方には肌の感覚だけがすべてだったから、掛布団の生地やシーツの生地を良いものに代えたことも覚えています。あれがどれだけの価格なのか、貴方は知っていたのですね。私の二か月分のお給料が飛んでいきました。

 全く、ギャンブルもできません。

 三年目。貴方は死にましたね。

 付き合って三周年目で、貴方は私の前から消えましたね。

 なんでかは分かりませんが。

 今、私は貴方と同じ病気です。

 貴方の病気は死ぬ瞬間に、一番近くにいる人にそれが初期状態に戻って転移する病気なのだそうですね。

 そして。

 貴方には私以外に恋人がいたのですね。

 自分の恋人が近くに来て心配したら、最後に病気の転移者になってしまうのは、本当に愛していた人になってしまう。だから、本当に好きな人とはわざと別れて一人で死のうとした。

 けれど。

 やはり一人で死ぬのは寂しいので。

 私が選ばれたのですね。

 なのに。

 貴方は死ぬ直前でその種明かしをしましたね。

 逃げてくれ、と。

 私は愛してしまったので、逃げることはできませんでした。

 それは。どちらですか。

 愛が本物になったことで私は逃げるわけないと考えたことによる計算ですか。

 それとも。

 私を本当に愛してくださったのですか。

 どちらですか。

 今現在、この病気には特効薬ができました。これでこの病は不治の病であり、感染症であるという肩書を捨てることができるようになりました。

 私は今、その病で末期になっています。

 皆は。

「おめでとう。」

「良かったね、本当におめでとう。」

「おめでとう、おめでとう。おめでとう。」

 そう言ってくれます。

 ですが私は、薬を飲むべきか迷っています。

 この病を抱えて死ねば、私は貴方を愛していたことになりますか。

 それとも。

 今、私にいる新しい恋人にこの病を移すことができるかを試せば。

 今感じているものが本物の愛だと証明することができますか。

 この病は。

 愛を確かめるためのものですか。

 私は恋人の手を握る。

「初めてだよ、君のような人を愛したことは今までなかった。」

「そう。」

「うん。初めて、異性を愛した。」

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