楽器吹きは元最強竜騎兵の体に転生する〜以外と僕の顔は有名じゃないらしい〜
ぷー太郎
第1話 タロウは楽器吹き
手のひらに顎を乗せながらぼーっと前を向いているのはタロウという男だ。
2週間と少し前に剣と魔法が溢れるこのマクウル学園へと編入してきたのだが、平民だからとクラスの皆から虐げられいる。そのせいで当然、友達も出来ることなくこうして教室の真ん中にある自分の席にぼんやりとしながら座っているのだが四方八方から痛々しい視線と虐げの言葉が突き刺さってくるものでタロウは虚ろな目をしながらため息をしていた。嫌がらせやいたずらが絶え間なく続き、全寮制のこの学園はタロウにとって地獄の牢獄とも言える。部屋を出たら目の前にはごみが散らかっているし、登校中の間にも殴られることもしばしば、教室に着くと机の中に入っていた教科書は落書きされ、トイレの個室に入ったら上から水がぶっかけられ、便所飯を許さないかのように食堂があってその時に大声で悪口を言われ、下校中も帰宅部なので殴られることが多く、寮に帰ってはまたごみが部屋の前に散らかっているのだ。しかも実技の授業中は皆珍しい魔法やスタンダートな魔法を使っているが、タロウは表向きの魔法を使えない。それでよく虐げられるのだ。毎日、この様な地獄の生活を送ってみて思ったことがある。それは。
(ただ旅がしたいだけなのに。)
そう思った。
タロウ・ミヤザワは5年前のまだ桜の咲き始めた頃に異世界へと転生した。
15歳になって中学の卒業式を終え、高校の入学式に行こうとした時に病弱だった体の心臓が
急に悲鳴を上げだし、心不全でぽっくり死んでしまった。魂が体から抜ける瞬間、大きな魔法陣に魂が囚われて、吸い込まれるような感覚が起き目がさめると大きな歓声の元で小さな
体に自分の魂が入ったことに気づいた。硬い石のようなところから起き上がると周りを見渡す。赤、橙、黄、緑、水、青、紫、桃、茶、白、黒………いろいろな頭が目に入った。いきなり変わった世界に放心状態になっているとご老人がタロウの右手を掴んで自分の胸のあたりまで持ち上げる。
「おお……竜騎兵様の幼き姿の器に魂が入った………。ありがたや、ありがたや…………」
しわくちゃの顔の細い目にたくさんの涙を浮かべながらタロウを延々と見つめているご老人が泣きだすと、周りの人々も声を上げて泣き出した。
その日からタロウの待遇は良くなった。村で一番家の大きい村長の自宅へ住むことになり、その村長であるポウル夫妻の養子となって新しい人生を過ごした。転生とかそういう2次元の話はよく知っており、病院で入院していた頃によく転生ものとかを見ていたのであの召喚された時はあまり混乱はしなかった。ただ「これが異世界転生かあ……面白いね」と真顔で何か思っていた。タロウ自身の体は前の世界の体では無く、この世界で用意されていた体の中に入ったという感じであって、15歳の自分の体では無く、どこかの知らない10歳の子供の体に転生されていた。召喚された理由は竜騎兵の息子がいるということを知らしめたかったというだけの理由だったが、そうでもしないと村が続かなくなってしまう、と村長がぼやいていた。
召喚されてから1ヶ月と経った時に楽器を吹きたい気分になった。元吹奏楽部でクラリネットのパートに所属しており、中学校時代は全国に行くくらいのレベルがあった。村長に頼み、楽器とリードというものをもらうと早速吹いてみた。深みのある暖かい音色が自分の体の中に広がり、とても心地よく感じた。以前は病弱なため、一回の本番が終わると同時に良くても貧血でふらついてしまったり、悪くて楽器を抱えながら倒れたりすることが多かった。なので何度吹いても疲れないこの体はとても嬉しかった。
そしてその同時期の頃から頭のところから聞こえる声を感じるようになった。名前は"ジャック"と言うらしい。ジャックはとても気さくでお人好しで明るい性格だった。周りの子供から竜騎兵の息子なのになんでこんなに弱っちいんだ、と言われて暴力を振るわれそうになった時もジャックがタロウの代わりに前に出て子供たちを追い払ってくれていた。いつでもタロウがピンチの時が前の出てきて追い払ってくれていた。友達になれた子供たちともジャックのおかげで仲良くなれたし、ジャックがいるおかげで毎日を楽しく過ごすことができた。そして次第に体が健康的だということを実感し始めたころに「旅がしたい」と思う様になった。
だが4年と8ヶ月が過ぎた頃、最恐の厄災と恐れられる魔物たちの戦争事件が起き、タロウのいた村周辺は魔物たちによって消滅してしまった。同時にジャックも消えてしまい、タロウは涙にくれる毎日を送った。そしていつしかタロウは村を滅ぼした魔物、角の生えた鬼魔族と妖艶とした羽を持つ妖魔族を恨んでいた。
そして最初に戻るが、ちょうど召喚されて5年目の日だ。最恐の厄災と恐れられる魔物たちの戦争事件のせいで住居をなくしてしまったタロウは国の戦闘員かつ、救助隊員であるものたちに保護されて、帝都近くの町の学園の寮に入ることになり編入という形で学園にも入学手続きをした。タロウの手に残るのは幼き日にもらったクラリネットと丁寧に教えてもらったこの知識。魔物たちに恨みがあるが、強くなければ敵討ちすらできないと平常心を保ちながらしっかりと噛み締め、学園に行ったが周りから気弱そうなイメージに見え、舐められること間違いなしの見た目を持つタロウは入学当時からひどく虐げられていた。
「タロウって剣術も魔術も出来ねえし、貴族じゃ無くて平民だし、どうやってここに入ったんだよwwwwwwヒイキじゃね?」
「ありえるわー、あいつなんて空気だし何も出来ねえし、本当いるだけで迷惑なんだけど。」
「毎日毎日さ〜、学園の庭の端っこでリコーダーぴーすか吹いて暇つぶしてんだぜ?何も出来ねえからってものに頼るんじゃねえよ。」
教室の真ん中にポツンといるタロウはひそひそ声でいろいろな悪口を叩かれている。だが中身は高校の時代で成長の止まった心しかないのでメンタルはズタボロにされていた。
最近、帰宅部なので放課後は暇だからとクラリネットを吹きに庭へと出るのだが今日は運が悪く、カースト上位、1軍の男子たちがタロウに詰め寄りに行った。
「タロウさーん、僕たちと一緒に剣術の自主練しませんか〜?」
そう言われた瞬間、タロウは木刀でボコボコにされた。間違いなくタロウは剣術と魔術が出来ず、いつも順位が出される際には最下位だ。貴族の出のものたちが揃うこの学園では平民が恐ろしいくらいに珍しく、応急処置くらいのレベルで入れられたタロウは、実力がなければ一瞬でぺしゃんこにされてしまうと感じた。だが対抗する術もなく、ただただやられている毎日が過ぎていった。
ある休みの日、あの学園にいる悪魔たちと会わないように遠くの野原へとクラリネットを持って出かけると大きな竜を見つけた。見つけた瞬間はとても恐ろしく感じたが、まじまじと見ていると可愛いと思うようになり、襲われる、とか、喰われる、という感情を持たぬまま竜の方へと向かっていく。竜もこちらに気づいたのか一瞬威嚇の体制をとったかと思うと、顔が一気に緩んで行った。タロウも自分に対して警戒していないと気づき、ゆっくりと歩み寄って竜のほおをゆっくりと撫でた。可愛らしい声で鳴くとタロウに擦り付き、顔をペロリと舐めた。タロウもそれを見てとても愛着がわいたらしく、よしよしと撫でていると竜が頭を上下に揺さぶり始めた。意味があまりわからなかったが竜の背中を指すと何度も頷いたのを見て乗っていいよ、という合図だったということに気づく。ゆっくりと片手にクラリネットを持ったまま乗ると羽を何度か大きく揺らし、それに合わせてタロウが竜にしがみつくと、ふ、と空を飛んだ。初めて見る空の景色にありがとうの印でクラリネットを吹こうとしたがバランスの問題で吹けなかった。だがその竜が一瞬ポワンと光るとバランスの問題が解消されて、思いっきりクラリネットを吹くことができた。とても気持ちがよく、竜の声も混じりながら心地よく飛んでいた。休みの日には竜のいる野原に行くことが日課になり、その竜の名前をアサヒとつけた。
そして恐れていた今日の日がやってきた。模擬試験の日だ。タロウの心を表すかのように空が鼠色に染まっている。模擬試験では一対一のタイマンで家にあるもの、自分の所持品のものだけで戦う試験だ。勝ち残り式で勝ち上がっていくと同時に評価も上がる。タロウは編入当時から模擬戦のことを恐れており、出ることにひどいストレスを感じた。対戦相手は学園の先生がランダムに決めている。ちらり、と一軍を見ると何かゲラゲラと笑っているのに気づく。
「1番、ザウティス対タロウ、2番〜〜………」
ザウティスとはあの一軍のタロウを虐げてきた人々だった。タロウが一軍のザウティスを見ると、こちらをジロジロと見ており、何かニタニタと笑っていた。
「ラッキ〜、タロウが相手なんて秒で倒せるでしょ。」
「あ、でもタロウにはあんまり触らないでね。平民風情が貴族様たちに触れたら浄化されちゃうからwwwwww」
ケラケラと声を上げながら笑っているのに無性に腹が立ったがタロウは自分が武器を持ってないことに気づく。丸腰では何も出来ないが、武器も何も持っていない。
「早く前に出なさい!」
タロウが背中をどんと叩かれるといつの間にか生徒の間で円が出来ており、タロウは押されたと同時にザウティスの目の前にきていた。そして不運なことにクラリネットのケースを持っていた。
「それが武器なんでしょう?早く出しなさい!」
先生が楽器ケースのことを指すとタロウは胸の鼓動が強く打たれた。この楽器は村長たちの思い出の結晶であり、何よりジャックがいたことの印だ。顔を歪めながらあたふたしているとザウティスが一度強く地面を叩き、叫んだ。
「早くしろよ!」
タロウの手はそれで動いてしまった。ガチャガチャとクラリネットを組み立てていると周りの生徒たちの笑い声が聞こえてくる。恥ずかしいとゆう気持ちが溢れ、ついにクラリネットを組み立て終えるとそれを見たザウティスが大笑いした。
「ははははははは!!!なんだよそれ!リコーダーじゃねえかよ!」
周りの生徒たちもザウティスが笑い出したと同時に、一気に笑い出した。タロウは顔をさらに真っ赤にしながらクラリネットを震える手で吹くように構えるとか細い音で吹き出した。
〜〜〜♪
ちらりと周りを見ると何か笑ってる。でも曲だけは笑わないで欲しいと思った。これはアサヒとの出会った曲だ。最後に印象に残るフレーズを吹き終わるとザウティスはタロウにじりじりと近づく。
「お遊びは終わったのかな〜?じゃあ速攻で終わらせるね〜?」
ザウティスが満遍の笑みで木刀を振りかざすとタロウは反射的に頭を守る。現実に背くように目を閉じると風に乗ったような感覚に襲われた。クラリネットも壊れていない。ふ、と目を開けるとそこには空が広がっていた。よく見るとアサヒがいる。もしかしてアサヒはタロウのクラリネットの音色を聴いて駆けつけてくれたのか?と涙が出るくらいに感じた。その時、心の中で急に熱くなるものを感じた。
"タロウ!クラリネットのベルの方をザウティスにむけろ!"
ジャックだ。ジャックの声が聞こえる。あの日消えたジャックが帰ってきた。ついに涙が出るとジャックの言葉にうん、と頷き、クラリネットをザウティスに向けた。
"それで手から何か出すかのようにクラリネットに力を込めろ!"
ジャックの言われた通りにクラリネットに力を込めると急に変形し出す。すると中距離型の銃になった。
"引き金を引け!"
そう言われたと瞬間、タロウは引き金を引くとザウティスの体のすぐ横をパンっと飛んで行った。
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