第15話:不安

 晴れて翔と恋仲になれた。

 お互い、慣れない間柄のまま少しずつ手探りして、一緒にいる時間を重ねていく。


 そんなある日。

「特等の二泊三日ペア宿泊券大当たりぃ~!!」

 カランカラン!!

「え~っ!?」

 たまたま立ち寄ったお店のくじ引きイベントでガラポンを回して、いきなりアタリが出た。

しょうっ!!どうしようっ!!あたっちゃったよっ!?」

「すごい引きだな。緋乃あけの

「はい。こちらが商品です。有効期限に注意してくださいね」

 手渡された宿泊券の封筒を思わず握りしめる。

「クシャクシャにするなよ?」

「あっ…」

 二つ折になってしまった状態で思いとどまる。

「くじ引き券はもう一枚あるので、もう一度回してください」

「ほら、もう一度だって」

「あたしはもういいよ。翔が回してっ」

「はいよ」

 次は翔がガラポンを回す。

「またまた特等の二泊三日ペア宿泊券大当たりぃ~!!」

 カランカラン!!

『え~~~~~~~っ!!!?』

 あたしと翔が同時に驚く。

 くじ引きの案内ポスターを見ると、特等は五本と書いてある。

 そしてくじの開催期限は今日まで。

 ということは、そのうち二本を当てちゃったことになる。


『どうしよう…これ?』

 二人して同じことを同時に言って、そのおかしさを笑いあった。

 結局あたしが二つとも預かることになる。

 興奮冷めやらぬまま家に帰り、ベッドに寝転ぶ。

「うーん、宿泊券の利用期限は来週いっぱいか…」

 もうすぐ夏休みも終わる。

 思い出づくりに、いつものメンバーで行くのもありかな。

 あたしはスマホを取り出し、メッセージを書く。


『今日、ペア宿泊券が二つも当たっちゃった。詩依しよ雪絵ゆきえも行こうよ』

「送信っと」

 ほどなく返信が来た。

『緋乃も当たったの?実はあたしも』

「え~~~~~っ!!?ということはこの仲間内で特等五本のうち三本も当てちゃったのっ!?」

 通話じゃないから聞こえるはずもないのに、思わず声に出してしまった。

『ならペア一つはあたしと翔、あと二つは詩依に任せる。みんなで行こうよ』

 送信っと。


 旅行当日。

「なんでお前が来てるんだよ?」

 睨みを利かせる俊哉としやまもるに絡んでいた。

「詩依に誘われたからだけど、どうした?」

 メンバーはいつものとおりであたし、詩依、雪絵、翔、衛、俊哉と、別荘に行った時のまんまだった。

「衛っ!登校日のこと、忘れたとは…」

「俊哉ぁ、やめてぇ。衛はもう大丈夫だからぁ」

 詩依がかばいに入る。

「あの時のことを忘れろなんて言わない。迷惑をかけてすまん。夏休み最後の思い出づくり、楽しもうぜ」

 翔は何も言わない。

 あれから何度か会ううちに衛のことはある程度話しておいた。

 最初は半信半疑だったけど、実際に見たら納得したみたい。

 なにかに取り憑かれていたんじゃないかというくらい、以前の衛の様子は変だった。

 今はスッキリした感じでそこにいる。

 心なしか詩依と衛が仲良さそうに見えるのは気のせいだろうか?


 宿泊券は海沿いのホテルだった。

 部屋のベッドは二つ。

 相談の結果、あたしと翔で一部屋。

 詩依と雪絵で一部屋、衛と俊哉で一部屋ということなった。

「うわ~、広~い」

 部屋はツインのスイートルームだった。

 荷物を置いて、窓際へ行く。


「素敵な景色ね…」

「ああ、いい眺めだ」

 しばらくその景色を見ていた。

 すぐ側が海岸線で、下には国道がある。

 国道のすぐ向こうが浜辺で、寄せては返す波が延々と砂浜を濡らしている。

 海水浴客も多く、あちこちでパラソルやビーチチェアが並べられていた。

 隣にいる翔を見る。

 つられて翔があたしを見る。

 かあぁっ…。

 よく考えたら…いま二人きりじゃない…。

 もしかして、今夜あたり…。


「み…みんなと合流しようかっ!」

「そうだな」

 くるっと体をひるがえして歩こうとした瞬間、

「あっ!」

「緋乃っ!!」

 足がもつれて転びそうになったところを翔が支える。

 どしーん。

 バランスが崩れてそのまま倒れ込んだ。


「ったた…」

 っ!?

「大丈夫か?緋乃」

 目の前には翔の顔があった。

 床に仰向けで倒れたあたしの上に、翔がよつん這いの状態。


 ドクッドクッドクッ…。

 心臓が早鐘のように鳴り響く。

 どれだけそのままでいただろうか。

 翔がわずかに顔を近づけてきた。

 あたしは少し迷って、目を閉じる。

 そのまま顔を近づけてくる翔の吐息が感じられるくらい、目の前に顔があるのを感じるっ!!

 唇が触れるその瞬間…。


「おーっす海いこーぜ海っ!!」

 っ!!!!?

 突然の声に電光石火の速さで翔が飛び跳ねて起き上がり、あたしはその場で床に座り込む。

「俊哉か。今そっち行こうとしてたところだ」

 ドッドッドッドッドッ…。

 驚きのあまり、さっきとは比べられないくらい心臓がドキドキしてる。顔も真っ赤になってるのが自分でもよくわかる。

 焦った~!見られてないよねっ!?

 すっごい冷や汗をかいてて気持ち悪い。

 そういえばドアはオートロックだからと、それぞれ出入りできるようドアにスリッパを挟んでおいたんだった。さすがに出かけてる時と夜は閉めるけど。


 その頃…。

「雪絵ぇ…」

「なに?」

 詩依が雪絵と二人きりで海を眺めながら話しかける。

「わかってるでしょ?あたしのことぉ」

「うん、だいたい」

「…あたし…どうしたらいいのか…わからないのぉ」

 雪絵が目を閉じる。

「仕方ないよ。緋乃だって翔だって、さんざん悩んできて今がある。詩依だって悩むのは仕方ないと思う」

 ………。

「雪絵は…どうなのぉ?」

 言われて、一人の男子生徒が頭に浮かぶ。

「…別にどうもしないわ。あたしこそどうにもならないもの」

 雪絵は体を翻す。

「そろそろ着替えましょう」


「海だ~っ!!」

「で、緋乃はなんでそんなんかぶってるのぉ?」

 詩依のツッコミが突き刺さる。

 あたしはポンチョのように縫ってあるバスタオルで体を完全に覆ったまま。

「恥ずかしいんだもーん」

「ほらっ、翔が見たがってるよぉっ!!」

「だから尚更なんじゃないっ!!」

 詩依は着痩せするのか、意外と胸があってお尻は小さい。

 雪絵はあたしより少し小さいくらいだけど、バランスが良くてスラッとして見える。

 さすがにスク水で登場というお約束は誰もやらなかった。


 はふっ。

 詩依がため息をつく。

「衛ぅ、俊哉ぁ」

 左手の指と右手の指であたしの左右を指す。

『おうっ』

 ガシッ!!

「きゃあぁっ!!」

 いきなり両方の腕を掴まれ、詩依がバスタオルポンチョを剥ぎ取る。

 オレンジを基調にしたセパレートの水着が日の目を見る。

 腕を掴まれてるから手で隠すこともできない。

 前の別荘にて湖で着たものとは違って、肌の露出がかなり多いもの。

 詩依の提案で、かなり攻めたものを選んだけど、やっぱりここまで露出するとすごく恥ずかしいっ!


「………」

 翔が言葉を失う。

「イチコロ」

 ボソッと呟いた雪絵がクスッと笑う。

 顔を真っ赤にしている翔が印象的だった。

 う~、あたしまで顔真っ赤になっちゃうじゃないの~。


 海で遊び疲れた頃、俊哉が詩依と一緒に座った。

「なぁ」

「何ぃ?」

「あいつ、本当になんだったんだ?」

「登校日のことぉ?」

「…正気じゃなかったよな、あの様子は…今はかけらほども荒れる素振りすらない」

「衛も、いろいろあったんだよぉ。それは俊哉も同じでしょ?」

 フッと表情を緩める詩依。

「そうか。今晩と明日の夜を一緒に過ごす身として安心した」


 夕方になり、ホテルへ戻った。

「うわ~っすごーいっ!」

 夕食はホテルの大ホールで、他の宿泊客と同じ空間で摂ることになっている。

 料理は種類も量も多くて、普段は食べないようなものが出てきた。

 ホテルに戻ってから翔の口数が減っているのは気になってる。

「いただきまーす」

 六人で揃って食べ始める。


 何か様子が変な翔を横目に、夕食を終えた。

 部屋に戻る最中、部屋割りを思い出した。

 そういえばあたし、翔と二人きりっ!?

 翔が黙ってるのってまさか…。

 トントン、と肩を叩かれる。

「緋乃ぉ、ごゆっくりぃ」

 詩依が耳打ちしてきた。

 かあぁーっ!!

 一気にこの後を意識してしまうあたし。


 部屋に入り、ドアを閉める。

 今度こそスリッパを挟んで開けておくわけでもなく、非常時を除いては誰かが入ってくるでもなく邪魔が入る余地のない密室。

 しーん。

 お互いに無言で佇む。


「お…美味しかったねっ、夕食」

「ん、そうだな」

 やっぱり口数が少ない。

 あたしは窓際へ行き、外を眺める。

「夜の海もきれい…」

 パッ。

 周りが一気に暗くなった。

「えっ…!?」

 翔が電気を消していた。

 まさか…。

「動かないで。足元が見えにくいから」

「…うん」

 隣まで来た。

「電気つけてると、暗い外は見えにくいんだ。暗いほうが夜の海はよく見える」


 ドクッドクッドクッドクッ…。

 隣に立つ翔の顔すらよく見えないこの暗い中で二人きり…。

 どうしようっ!!すごく緊張してきた…っ!

 翔にこの心臓の音が聞こえちゃいそうっ!!

 昼間のことを思い出しちゃった。あたしの足をもつれて翔がかばってくれたけど、そのまま倒れ込んで…キスをされそうになったこと。

 あの時みたいにドアをスリッパで止めてないし、オートロックだから外からドアが開かないし、ここには二人しかいない。

 おまけに朝までは時間がたくさんあるっ…!

 緊張で体が震えてきた。足もガクガクしてる。

 もし求められたら…。


「緋乃…」

 そっと肩に手を乗せられ、月明かりに映える海をバックにお互い正面で向き合う。

「あっ…」

 来ちゃった…この時が…。

 昼間の時と同じで、吐息が感じられるところまで顔が近づいてきた。

 グッと目をつぶり…。


 どれくらいの時間が経っただろうか。

 唇に感触がないまま、肩に乗せられていた手がスッと離れる。

「えっ…?」

「電気つけるよ。眩しくなるからゆっくり目を慣らして」

 翔が暗い部屋の中を歩き、電気のスイッチに手をかける。

 パッ。

 一気に部屋が明かりに満ちる。

「まぶしっ…」

「詩依と雪絵を呼んで、衛と俊哉の部屋に行くぞ」

「えっ…?うん」

 どうしよう…あたし何かしちゃったかな…?

 もしかして、嫌われちゃった…?がっかりされちゃった…!?


「えいっ」

 カードを引き抜き、確認する。

 あった。数字がペアになるもの。

 残りカードは三枚。

 あれから衛と俊哉の部屋に集まり、ババ抜きならぬジジ抜きをしていた。

 ジョーカーを使うのではなく、ジョーカーを抜いた上でトランプの山札から一枚だけカードを裏にしたまま除外して、そのペアになるはずの余ったカードをジョーカーとして扱うゲーム。

 最後の一対一になるまで何がジョーカーかわからないから、駆け引きが成り立たない。

 だけどあたしは別の心配をしていた。

 なんで翔はあの時、キスをやめちゃったんだろう?

 何か怒らせることしちゃったかな…?

 それとも翔に求められるほどの魅力がないのかな…?

 あの後で、特にその件には触れず今に至っている。

 雪絵だったら何かわかるかもしれないけど、聞きたくない…。

 直接翔の口から聞きたい。


「いちぬけ」

 やっぱり雪絵がまっさきに抜けた。

 怒ってないかな…翔…。

 見ている限りは全くそんな素振りもなく、普通にしてる。

 口数もいつもどおりだし、表情も違和感ない。

「ん~、これっ!よっしゃ抜けたっ!」

 続いて抜けたのは翔だった。

 グーにした両手を高く掲げる。

「くっそ~、早く抜けないと」

「どれがジジなのかまだわからん」

 駆け引きのかけらもなく、あたしはカードを引く。

 なんであんないいムードからこんな騒ぎにしちゃったんだろう…?

 あたしとは真剣に付き合うだけの価値も無いってことなのかな…?

 いろいろとグルグル考えていて、気づいたらあたしがビリだった。

 ほかに神経衰弱や七並べをするけど、どれもビリになっていた。


 夜遅くなるまで騒いで、みんなベッドに潜る。

 真っ暗な部屋の中で二人きり。

 さっきはキスをされそうになったのに、部屋に戻ってきたらすぐ寝間着に着替えてベッドへ入ってしまった。

 あ~、モヤモヤするっ!!

 いっそあたしから…いやっ、無理っ!!

 聞きたいけど、もし…

「は?お前を抱いて何になるの?」とか「そんな幼児体型でよく迫ろうなんて気になれたな」

 なんて答えられた日には、もうショックで寝られないっ!!

 せっかく翔と付き合えてるのに、こんなに悩むなんて…。

 付き合う前よりも悩みが増えた気がするっ!

 グルグルと考える時間はなおも続く。


 日付が変わった頃、疲れに負けて眠りについた。

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