第4話:初めての…

 週明け。

 普通の授業が今日から始まる。

「早速ですがクラス委員を決めます」

 朝のホームルームで、先生が開口一番切り出した。

 ザワザワ…。

「とはいえ今は時間が無いから、明日のロングホームルームで決を取ります。決めるクラス委員については配ったプリントを見ること」

「こんなにあるの!?」

 クラス委員長はもちろんのこと、副委員長、保健委員・副、衛生委員・副、レクリエーション委員長・副…。

 クラス委員長と副委員長は説明不要としても、保健委員は怪我や病気などを担当って書いてある。

 衛生委員は主に教室内の清掃点検、椅子や机など破損や劣化について点検や報告。

 クラス委員長と副委員長以外はそれぞれに

 少なくとも八人は何かの委員になるってことじゃない。


 そしてあっという間に委員を決めるロングホームルームを迎えた。

「そういえば翔、雪絵に聞いたんだけど中学でクラス委員長やってたよねぇ」

「そうなの!?」

「言うなよ」

 もうごちそうさまと言いたげな顔をする。

 先生が気づく。

「おっ、経験者なら適任だな。それじゃお前に任せる」

「ほら始まった…なら副委員長を指名していいですか?」

「もちろん。受けてくれるなら誰でも決めていいぞ。委員長権限だな」

 これで指名されたら嫌だという緊張感を帯びた空気があたりを漂う。

 周囲は目を合わせないよう逸らす。

「副委員長には水無月 緋乃さんを指名します」

『えーっ!?』

 あたしは思わず声を上げた。周囲も声を上げる。主に女子たちが。

「よし決まりだ」

 先生が鷹揚に頷く。

「はい、あたし副委員長やります!!」

「あたしが!」

 次々に副委員長の立候補が出てくる。

「ごめん。まだ他の委員が決まってないから、そっちをやってくれるかな?」

「えっ…でも…」

「頼むよ。他に立候補が居ないみたいだから」

「緋乃はいいのぉ?副委員長」

 詩依が聞いてくる。

「………うん」

 翔を見ると笑顔を返してきていたから、首を横に振れなかった。

「というわけで、頼むよ」

 ごめんね、という仕草で副委員長に立候補してきた女子たちに頭を下げる。

「うっ…」

 立候補した女子たちはたじろいだ。


 結局、立候補してきた女子たちで委員が全て決まった。

 やっぱ翔って人気だな。

 予想どおり、女子たちのひそひそ話がそこかしこで始まる。

 うー、なんであたしが…。

 今すぐ逃げ出したい気持ちになるけど、我慢するしかない。

「ありがとう、助かったよ」

 翔は委員を受けてくれた女子一人ひとりにお礼をして回っていた。

 こういうところ、ほんと細かいところまで気が利くんだよね。


 ホームルームが終わって放課後になり、早速クラス委員としての仕事が降りかかる。

 先生に頼まれた書類を書庫室に運び込む。

「ねぇ翔、どうしてあたしを指名したの?」

「んー、一緒にいられるからかな」

 ぽっ。

 思わず顔が赤くなる。

「どうして…一緒にいたいの?」

「ホッとするから」

 ボンッ!!

 顔から湯気が立ち上った。

 またしどろもどろになってしまうかと思ったけど、挙動不審にはならずに済んだ。

「副会長に指名して悪かったな。なんか噂になり始めてるけど、緋乃は気にしないで。俺の意思で選んだんだから。どうしてもというなら、降りてくれて構わない」

 ぽんぽんと頭を撫でてくる。

 ほんと、優しい。

 あたしの気持ちを考えてくれている。

 でも、だからその優しさに甘えないでおこう。

「…ううん、やってみる」

 書庫室を出て、二人一緒に帰った。


 ぼふっ。

 帰るなり着替えもせずベッドに倒れ込む。

 翔の言った「ホッとする」てどういう意味だろう?

 出会いからして印象は決してよくないと思うけど、一緒に居たいと思われるところなんてあったかな?


 そして数日が経った昼休み。

「翔」

「俊哉か。どうした?」

 俊哉があたしのクラスにやってきた。

「ちょっと顔貸せよ」

 不機嫌そうな俊哉の呼び出しに、少し面倒そうに翔が出ていく。

 二人はひとけの無い外階段で止まる。

「翔、どういうつもりだ?」

「なんのことだ」

「とぼけるなよ。あの噂だよ。噂が出るくらい気になってるんだろ?」

「別に緋乃とも付き合うつもりはない」

 俊哉はフッと自嘲気味に笑う。

「誰が緋乃のことと言った?明らかに意識してるって自白したな」

「お前にとやかく言われる筋合いはない」

 翔は冷たい目線を俊哉に向ける。

「今ならまだ間に合う。思い直せ!!中学時代の失敗をまた繰り返すつもりか!?」

「もうあんなことは繰り返さない。心配するな」

「翔…お前…」

 俊哉はそれ以上追求しなかった。

 しかしその顔は厳しく、背を向けた翔に冷たい視線を送り返していた。


 それからしばらくの間は翔とあたしが付き合っているのではないかと疑惑の噂が立つも、一ヶ月も経たないうちに噂は静かになっていく。


 4月後半。

 交流合宿の日が近づいてきた。

 当然のように、クラス委員長の翔と副委員長のあたし仕事が積み上がる。

 しおり作成やら、クラスごとの行動計画をまとめるやら、当日の集合班取りまとめやら、と参加する側としての気楽さはまったくない。

 もちろん先生方も取りまとめはするが、クラス委員の負担はそれなりに大きい。

 一人だったら絶対やりたくないけど、翔と一緒にいられる時間があるって思うと、やりたくないことも楽しみに思えるから不思議。

 交流合宿は一泊二日でキャンプする企画。

 一日目は午前中に移動。昼に炊事や山間部でテーマを決めて自然観察。

 夜は全体レクリエーションがある。

 二日目は昼前まで自由時間。昼のちょっと前にテーマパークへ移動して、夕方に戻ってくるというスケジュールらしい。


「ええっ!?私がっ!?無理無理っ!!」

「ここらでそのあがり症とゆぅか人見知りを治すべきだよっ!」

 こくり。

 詩依の意見に雪絵が頷く。

 昼休み。教室で残り時間を四人で過ごしている。

「無理だって!!あたしが交流合宿の班決めのため教壇に立つなんてっ!!前に立つなら翔がいいと思うよっ!!」

 五時限目の後にある六時限目のロングホームルームでは、交流合宿の計画を詳細に詰める予定になっている。その司会者はクラス委員がやることになっていた。

「ううん、緋乃にとっていい機会だよ」

「うっ…雪絵に言われるとすごい説得力が…そりゃあたしだってこのままでいいなんて思ってないけど…」

 声を荒らげないミステリアスなアドバイザーこと雪絵が言うことは不思議なもので、なぜかほとんどのことがうまくいく。

「緋乃、無理はしなくていいからな。俺が出れば済むことだし」

 翔が助け舟を出してくる。

「だぁめ。翔も緋乃を甘やかさないのぉ」

 表情からは真意が読み取れない雪絵だが、確信に満ちた声であることはわかる。

「大丈夫だよ。誰も司会者なんて気にしないからぁ」

 翔は雪絵をちらりと見る。

「わかった。じゃあ俺はどうしても緋乃が進められない場合のピンチヒッターとして控えておくよ。それでいいだろ?」

「っ………うん」

 せっかくの助け舟も、こう言われちゃ返す言葉もない。

「やってみるけど、無理そうって思ったらすぐ出てきてよっ!お願いねっ」

「だいじょぉぶっ!緋乃ならきっとやれるよっ!」

「詩依だとなぜかむしょーに不安な気持ちになるんだけど」

「しっつれいねぇ~」

 笑いあいながら言う。

 というわけであたしが教壇に立つ時間がやってきた。

 うあ~っ!すっごい緊張するっ!!

 もう心臓バクバク言ってるよっ!!

 こんなに緊張するの、翔と初めてあった電車以来かもっ!!


「それではホームルームを開始します。司会のクラス委員、前へ出てきてください」

 先生が音頭を取るも行く末を見守る役として教室の窓際へ椅子を用意して腰を掛ける。

 ぎぎぎぃっ、ぎぎぎぃっ…。

 音がするほどギクシャクと歩いて教壇へ向かう。

「あ~あ、こりゃダメかもな。歩くのに手と足が一緒に出てるよ」

 ぼそっと翔がつぶやく。

 ぎこちなく進みつつも教壇に立つ。


 じっ。

 うっ、みんな見てるっ…。

 特に翔の視線がすごく刺さる。

 しーん。

「えっと…」

 静まり返る教室。

 先生が不審そうな目線を送ってくる。

 ああっ!余計緊張するっ!!!

 あまりに黙っているから、教室が少しざわつく。

「仕方ない。助け舟出してやるか」

 翔がため息混じりに席を立とうとしたが

「交流合宿の班と予定決めするんだよねぇ?」

 詩依が先を促す。

「はっ、はいっ!!今度行われる交流合宿の班と、選択式課題の予定を決めたいと思います」

 ぎぎぎぃっと黒板に向き、四人ひと組の班を作るマス目を書く。

 ところどころミミズがのたくったような線になってしまう。

「班についてはクジ引きとします。あくまでもクラスおよびクラス間の交流が目的で、仲良しで固まらないようにするためです」

 足元に用意していたクジの箱を取り出し、教壇の上に置く。

 え~っ!?という声が教室中に響く。

「へ~、やればできるじゃんか」

「だね。きっかけさえあれば緋乃はできるんだぁ」

 翔が感心する横で詩依が満足げに言う。

 詩依は、事前に雪絵から翔の前の助け舟として役を任されていた。

 緋乃が進められなさそうな場合は、これから何をするかを緋乃へ問いかけるように、と。

「なお男女半々にするため、男子は向かって右の、女子は向かって左の穴から一枚引いてすぐに渡してください。クジなので順番は前に出てきた順とします」

 少しだけ練習していたとおりの棒読み状態だが、なんとか進行し始めた。

 テンパっていて気づかなかったけど、クジの行列を作るためにみんなが席を立つと、本当にあたし、司会のことを意識してないことがわかってきた。

 ざわざわとし始め、教壇に行列ができ始めた。

 最初に男子が引く。

 ゴソゴソ…ゴソゴソ…ゴソゴソ…。

 やけに選んでいるみたいだけど、どうしたんだろう?

「2だ」

「では2の列に名前を書いてください」

 クジを引いたらすぐにあたしが確認して、そのまま自分でボードに名前を書かせる。

「5よ」

「5の列に書いてください」

 緊張でかなりガチガチな状態だけど、班決めが進む。

 ハッ!

 これだとあたし、一番最後っ!?

 最後の一枚をあたしが引いて、そのまま班が決まっちゃうっ!?

 ゴニャゴニャ考えている間に翔がクジを引く。

「2」

「2に名前を書いてください」

 教壇に立つあたしはクジ引きの対応に追われて黒板を全然確認できていない。

 クジが進むにつれて悲喜こもごもの声が教室に湧き上がる。

 は~っ…。

 やっと全員終わった。

 残るはあたし一人。

 確か翔は2班だったはず。

 クジ箱に伸ばす手が思わず固まる。

 もし、これで翔のいる2以外が出たら…。

 でも引かなきゃこの先へ進まない。

 恐る恐る伸ばす手がプルプル震える。

 お願いっ!2っ!!2が出てっ!!!

 残った一つのクジを手に取る。

 ピラッ。

 恐る恐る開いたけど、怖くて直視できないっ!!

 そらした顔と開いたクジの番号を、薄めでチラリと見る。

 2。

 あたしの思考が止まった。

「やった~!!」

 思わず声を出してしまう。

 しかし、気づいていなかった。

 あたしはクジを引かずとも、3人だけの班を黒板で確認すればわかることを。

 2班を逃した女子たちがざわつく。

 あぁ神様…感謝します。

 本気で祈りを捧げてしまうほど、天にも昇る心地だった。

「あれズルじゃない?」

「だよね」

 一部の女子から声が上がる。

「ちょっとぉ、今の聞き捨てならないわねっ!!」

 詩依が声を上げる。

「全員同じ条件でクジを引いてるのは見たでしょ?2班は途中で委員長を含めて3人が決まってた。委員長と副委員長だけが引かずに決まったならともかく、みんな同じ条件だったのは見てたわよねぇ!?それでイカサマできる余地があるなら聞くわよぉ!!」

 詩依はツカツカと教壇に立ってクジの箱を逆さまにして上下にブンブン振って、残り一枚すら無いことを証明してみせる。

 うっ、とズル呼ばわりした女子が鼻白む。

「…ありません」

「よろしぃ」

 詩依ちゃんさすがっ!あたしの無実を証明してくれたっ!!

 いつもどこか無責任な明るさと勢いだけで押せ押せなところあるけど、しっかり見ててくれたんだ。

 席に戻った詩依は、グッと親指を立ててあたしに合図する。

 あたし…いろんな人に支えてもらってるんだ。

 いずれ、何らかの形で返さないと。

 胸にほわっとした暖かさを感じて、みんなの方へ向き直った。

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