第3話:思惑
呼び捨て…呼び捨てかぁ…できるかなぁ?
「まぁだんだん慣らしてってねぇ」
「詩依……と雪絵……はどう知り合ったの?」
慣れない呼び捨てに、つい言葉が詰まってしまう。
中学時代でも呼び捨てなんてしたことなかったのに…。
メニューのオーダーを済ませて少しおちついた落ち着いたあたしは、持っていた疑問を投げかける。
「あたしたちは小学校の時に一緒だったよぉ。中学は学区が違ったからたまに遊ぶ程度だったかなぁ」
こくん、と雪絵が頷く。
つまり雪絵が詩依と小学校で、雪絵と翔くんと中学校で一緒だったわけか。
この中であたしだけみんなとの接点が今日からだったんだ。
ほとんど会話が成立していない状態のあたしと積極的に接してくれるみんなに感謝しなきゃ。
どうやら詩依と雪絵はあたしを応援してくれてるみたい。
料理が出てきた頃、12時に差し掛かっていた。
お店は一気に大人たちでごった返し、ゆっくりしている気分ではなくなったから、食べ終わったあたしたちはお店を後にする。
流れで四人になったけど、全くのノープランだったことに気づく。
「この後どーしよ?カラオケにしよっかぁ?」
「それナシで」
詩依の提案に雪絵は即座に却下する。
よかった。一人では時々歌うけど、翔のいる前じゃ普通に歌うのは無理だよ。
ちらっと雪絵を見ると、わずかに口元が微笑みの形に動いた。
まさか…。
「だったら腹ごなしに少し動くか」
翔が指さしたのはミニスポーツゲームのレジャーパークだった。
雪絵はこくんと頷く。
「雪絵がいいってなら安心だ」
やっぱり…か。
最初はミステリアスと思ったけど、雪絵ってよく見てるし頭がいいんだ。
詩依があたしを翔くんの向かい席に座らせようとしたのを、翔くんを奥で隣にあたしを座らせるように仕向けたのは単なる思いつきなんかじゃない。
わかってたんだ。
向かいで意識せずとも視線が絡むようだと、あたしがテンパってしまうことを。
実際、隣で近いから緊張したけど、向かいだったらもっとダメだった。
カキーン!!!
野球のバッティングマシーンで雪絵がチャレンジしたところ、わずか三球でホームランを叩き出した。
「雪絵すごぉいぃ!!」
呼び捨ても意識してやってみたけど、少しだけ慣れてきた。
「さすが飲み込み早いな」
「まぐれ」
最初一球は、打つ気すら見せずにバットを下ろして見逃したから、無理かなと思った矢先に二球目は軽く振り抜いてかすった程度でゴロ。
けど三球目からは違った。計十球のゲームで五球ホームランを叩き出し、終わって出てきた雪絵はやはり淡々とした口調だけど、隣で見ていたあたしは気づいていた。
ボールが飛んでくる一瞬、くわっと真剣な眼差しでボールを見ていたことを。
飲み込みが早いだけじゃない。誰も気づかないほど一瞬だけど、集中してるんだ。
やっぱり不思議な子だな。
あたしもあれだけ冷静に状況分析できるなら、どんなによかったか。
「緋乃は緋乃のペースで」
雪絵の囁きにハッとなった。
何考えてるか見抜かれたっ!?
…まさかね。
それからミニバスケやミニテニス、ダーツなどを楽しんだが、やっぱり気になるのは雪絵の存在だ。
時々手を抜いているように見えた。
なにより、ダーツでは的に当たる本数は少なかったけど、的に当たらなかった分の矢が落ちた場所は全部同じだったこと。全体的に力が足りず的まで届かなかった様子ではある。
少しでも軌道や力加減がズレれば、矢が落ちる先は違うはず。
ということはもし当たっているとするなら矢は全部同じところに当たったということ。
あれから雪絵は気になる発言をしてこない。
「雪絵が気になるか?」
「うん、あの子って意図的に本気出したり手を抜いたりしてるみたいだけど、それがまた初対面のあたしでさえ気づくくらいあからさまでわかりやすくて…」
「普段はあんなにわかりやすく手抜きしないんだけどな」
「へぇ、そうな…」
言いかけて、声の主の顔を見たら
「しょ…翔くんっ!?」
気づいて一気に顔が真っ赤になる。思わず「くん」付けで呼んでしまった。
「なんだ。普通に話せるじゃん」
と言って満面の笑顔を見せる。
ぼぼぼんっ!!
思わず顔が真っ赤になる。
はっ、恥ずかしい~!!
そのやり取りを見ていた雪絵は「第一段階成功」と誰にも聞こえない声でつぶやいたのだった。
「ただいま~」
誰も居ない家に帰ってきた。
親は共働きで、夜まで帰ってこない。
ボフッとベッドに倒れ込む。
布団はかぶらず、枕を抱えて今日のことを思い返す。
翔くんがいるって意識しちゃうと、まともに会話ができない。
雪絵のことが気になって、相手を意識せずにいた時はしっかり喋れた。
初対面の人との話も緊張しちゃって、会話することが難しい。
人って意識するからダメなんだ。
それなら…。
翌日。
学校案内のオリエンテーションと教材の配布が行われる予定になっている。
授業は週明けの入学三日目からで予定されていた。
朝、早めに出て席に着く。
「おはよぉ緋乃ぉ」
「オハヨーシヨ」
「…どぉしたのぉ?」
「ナニモナイヨ。イツモドオリ」
「………」
ニコニコ笑顔だった詩依の顔からフッと笑顔が消えた。
「ふつぅに喋れても、これは違うかなぁ…」
「おはよっ緋乃っ!」
「オハヨウ、ショウクン」
「……………」
「ドウシタノ。ナニカヘン?」
詩依と翔くんはお互いに顔を見る。
「緋乃に何かあったん?」
「わからないわぁ。さっきからずっとあの調子なのよぉ」
訝しげにあたしを見る。
「どっか頭でもぶつけたか?」
と言って頭に手を当ててくる。
「熱は無いか」
「エエ、ナンデモナイヨ」
平然を装っていても、顔が赤くなるのを自覚する。
「こういう時は」
「雪絵かなぁ…」
意見が一致したところで詩依が走り出す。
「と、この調子なのよぉ」
雪絵がげんなりした顔をして呟く。
「あんびりばぼ…」
「ナニナニドウシタノ?ミンナ」
はふ。と雪絵がため息をついて、翔くんに耳打ちする。
「えっ?やらなきゃダメか?」
「緋乃がこのままでいいならやらなくていい」
やれやれという様子で翔が少し困った顔をした。
「わかった。やってみる」
翔くんはあたしを席から立たせた。そしておもむろに正面から抱きしめて、顔を近づけてくる。
「え…翔っ!?ちょっ!まっ!!ちょっと待ってぇ!!!」
思わず翔を体ごと押し戻す。
「なっ、翔…何をしようとっ…!!」
自分の両腕を抱きかかえるように身を守り
「おかえり。お前こそ何やってたんだよ」
抗議するあたしへ、翔は呆れたような顔で返してくる。
「何って…」
いっ、言えない…人として意識するから緊張して喋れないんだったら、いっそ人と意識しないよう機械みたいに振る舞えば普通に喋れるかもしれないなんて…。
「その…えっと…」
「まぁいいや。緋乃が戻ってきてくれたから、それだけで十分だ」
うっ…変な心配かけちゃったな。
「その…ごめんなさい」
「さすが雪絵。さんくすぅ!」
「用が済んだなら戻る」
言うなり背を向けて教室を出ていく。
「まさか第二段階を翌日にあっさりクリアか…けど最終段階は無理かしら。ま、それは二人の問題ね」
雪絵は廊下を歩きながら無表情に呟いた。翔だけ【くん】を付けてたけど、呼び捨ても自然にできていたことを思い返す。
「それにしても、雪絵って一体何者なの?」
「俺にもよくわからないんだ。中学ではクラスが同じだったから一緒にいる時間が多かったけど、掴みどころがないというか、スキがないというか…」
言いつつ、翔は中学一年で同じクラスになった時の事件を思い出していた。
「昨日から笑ったところを見てないけど、中学の時はどうだったの?」
あたしは素直に疑問を投げかけてみる。
「それが見たことないんだ。なのに心へスッと入ってきて爽やかな感じを残していくのが毎度のパターンだ。本人はあまり人と関わりたがらないから、近づきにくい印象を与えることもあって」
詩依は気づいていたが、あえて言わなかった。
昨日まではまともに翔と喋れなかった緋乃が、自然に翔と会話していることを。
ほんと、雪絵って何を考えているんだろう?と思わずにはいられなかった。
同じことを翔も考えていたが、緋乃と普通に喋れることを嬉しく思い、口にだすことは無かった。
緋乃自身も普通に喋れる自分に驚きつつ、嬉しさに浸っていて気にしなかった。
ちょっと顔が赤くなるのは、まだ克服には遠いとも感じている。
教室に人が集まってきて、翔はまた女子たちに引っ張られ囲まれ、会話を始めていた。
やっぱり翔って人気だな。あたしなんて…あの輪に入っていく勇気なんてないよ。
たまたま隣だったからこうして話できてるけど、そうじゃなかったらあたしなんて気にも留めてくれないんだろうな。
そう考えたら、少し寂しい気持ちになってきた。
午前で学校は放課後になり、また四人で集まって帰ることになった。
「ねぇねぇ、今日はどこ行こうかぁ?」
「カラオケで思い切り声出してみるのもいいかな」
「雪絵、昨日は即反対してなかったかなぁ?」
そう。昨日は詩依がカラオケ行こうと言い出して、雪絵がすぐに反対していた。
けど今なら普通に歌えそうな気がする。
「そうだったかな」
昨日出会ったばかりだけど、雪絵ってもしかしてとんでもない人なのかも。
「緋乃もいいよな?」
「うん」
翔に話しかけられても、どもりも噛みもせず喋れている。少し顔が火照るのは相変わらずだけど、すごい進歩だと思う。
「よっ翔と雪絵」
「俊哉か。何組になったんだ?」
新たに絡んできた男が一人やってきた。
「四組」
「雪絵と同じじゃん」
「そうなんだよ。席もわりと近くてね」
「翔、この人は…?」
背丈は翔と同じくらいだろうか。こちらも整った面立ちで、髪はかなり長めで、後ろにして束ねている。翔とはまた別のイケメンだ。
「
「よろしくな。えっと…」
「水無月 緋乃だ。あんま絡んでやんなよ」
さりげないフォローを入れる翔。
「そっか。緋乃ってのか」
ジッと見てくる俊哉くん。
なんか睨まれてる気がするのは気の所為と想いたい。
「うっ…」
いけない。また癖が出た。
「ところで俊哉」
雪絵が俊哉くんに話しかける。
もしかしなくても雪絵、助け舟を出してくれた?
俊哉くんは雪絵と話し込んでいるが、雪絵はやっぱり表情の変化が無い。
「そうだ俊哉これから…」
「翔」
言いかけたところを遮って、雪絵が無言で返して見つめる。
「なんだ?」
俊哉くんが訝しげに促した。
「…これで皆まっすぐ帰るから、お前も気をつけてな」
「そっか。ならいいや」
雪絵は多分、俊哉くんもカラオケに誘おうとしたから阻止したんだ。
もし俊哉くんが来てたら、緊張して無理だったかも。
やっぱすごい。
俊哉くんはそのまま帰っていく。
「いこ」
四人で廊下を歩いてる最中に、翔がお手洗いに寄った。
「わり。緋乃、ハンカチ貸してくんね?うっかり忘れちまった」
出てくるなり両手がビチョ濡れの状態で出てきた。
「はい」
スカートのポケットからあたしのハンカチを出して翔に差し出す。
緋色の花柄をしているものを愛用している。
翔はそれを広げて手を拭く。
「可愛いハンカチだね。緋乃にぴったりだ」
ポポポッ。
つい顔を赤らめてしまう。
「ありがとう。借りイチだね」
「うん」
翔が使ったこのハンカチ、できれば洗いたくないな…。
途中で翔が女子たちに囲まれることはあったが、対応もそこそこに帰路へ着く。
「雪絵ぇ」
こそっと詩依が話しかける。
「緋乃って人見知りが治ったわけじゃないんだねぇ」
「そうみたい。きっかけさえあれば普通に話せると思う」
「きっかけって、翔みたいに抱き寄せて…ってやつかなぁ?」
雪絵は首を横に振る。
「あれは翔に、それも一度だけ有効な方法」
「そっかぁ。誰にでも有効な方法があればよかったんだけどぉ」
「それは根っこから原因を取り除かないとダメ。あるいは場数を踏む」
「うーん、本人にその気があるならいくらでもやってみようと思うけどぉ」
雪絵は空を見上げる。
「焦っても仕方ないわ。それに…」
「それにぃ?」
詩依に向き直る。
「本人が変わりたいと思わない限り、何をやってもおせっかいよ」
「そっかぁ」
「そう。それはそれとして、今日は楽しみましょう」
受け取った教材を家に置いてきた後で集合して、遊びにでかけた。
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