きっと、イカオクラだけ流れてこない

花るんるん

第1話

 「あなたは、おめでとうと言われたい?」

 たぶん、言われたいと思う。

 「どうして?」

 どうしても。例えば、イカオクラが好物なのに、理由を聞かれても困るだろう、ふつう?

 「あなたは、自分がおめでとうと言われるのにふさわしいと思っている?」

 これって、何かの心理テスト? 自分がおめでとうと言われるにふさわしいと思っていようが、いまいが、おめでとうも、残念だねも言われるもの。

 「そんなことを聞いているんじゃない。端的に『あなたは…思っている?』と聞いているだけ」

 自分のことは、あまり考えないんだ。

 「どうして?」

 考えても、仕方ないから。

 「『仕方ないこと』ないんじゃない? 『イカオクラが好物』という強い意思がなければ、イカオクラに手が伸びないよね?」

 イカオクラ程度のことなら、考える間もなく、自分の意思を表明できる。人間らしい感情があると装うことができる。

 「記念に、回転寿司行かない?」

 何の記念か知らないけど、どうして?

 「あなたが、イカオクラを十皿食べるとこ、見たいから」

 子どものパンダじゃあるまいし、見ても愉快なものではないよ。

 そもそも、僕という存在が愉快なものではないし。

 「社会正義に目覚めて戦うより、引きこもりの方がマシじゃない?」

 そうかな。どう考えても「社会正義に目覚めて戦う」方がマシじゃない?

 「『どう考えても』って、考えるんだ?」

 その程度には。

 「じゃあ、『あなたは、自分がおめでとうと言われるにふさわしいと思っている?』も、その程度にならない? 深刻にならないで」

 深刻になんかなっていないし、そもそも僕に深刻になるべき事柄なんてないけど、程度ぐらい僕の感覚に拠ってよくない? 僕のことなんだから。

 「回転寿司、行こう」

 あいかわらず君はおめでたい人だ。いつもそうだ。いつも、いつも、うらやましいよ。マイペースで。

 「回転寿司、行こう」

 僕は知っている。きっと、イカオクラだけ流れてこない。

 「どんだけ、イカオクラ好きなの?」

 いいじゃないか。誰にも迷惑かけてないんだから。

 「誰にも迷惑かけてない分野だけしか、自分の意思表明できないの?」

ふつうじゃない? 上司をヘイトしてている社員だって、上司の前じゃ、「フザケんな、バカ」って、意思表明できないでしょ?

 「フザケんな、バカ」

 …………。

 「ほらっ、できた。あなたもやってみたら? 形式だけなら簡単でしょ? 誰でもできるよね? 幼稚園児だって。マネるだけなんだから。オウム返しは得意でしょ?」


 そして、回転寿司の皿に、オウムが載って、流れてくる。


 いや、「乗っている」というべきか。

 食えねーよ、んなもん。

 「そお?」と言いながら、君の口からは鮮やかな羽と血が滴り落ち……ということは、けしてなく。


 アタシに会えたあなたにおめでとう。アタシは素直にそう思えるの。イカオクラに会えたあなたにおめでとう。アタシは素直にそう思えるの。オウムに会えたあなたにおめでとう。アタシは素直にそう思えるの。あなたがどう感じようと、あなたがおめでたいことに変わりはないのだからとオウムは鳴いた。


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きっと、イカオクラだけ流れてこない 花るんるん @hiroP

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