5文字だけでは伝わらない
@r_417
5文字だけでは伝わらない
***
今朝、推薦入試を受けていた高校の合格発表があった。
俺は陸上部のホープとして、市内で優勝し、県大会でも上位に食い込む健闘をしている自負はあった。だが、勉強はからっきし。そんな俺にとって、安全圏と呼べる高校なんて一つもなく、推薦入試でさえ気を抜くことなんて出来なかった。
だからこそ、推薦入試の合格を勝ち取れたと知った時には狂喜乱舞していたし、これから入試を控えている者でさえ『行ける高校が出来て良かったな』と生温かく見届けてくれる雰囲気に包まれるくらいには傍目にも危機的状況だったと言えるだろう。
さて、そんな中で俺の合格を共に喜んでくれない者がひとり……。三年間、苦楽を共にした陸上部のマネージャーのリカである。
俺が運動だけしか能のない馬鹿である事実は学年中、いや学校中で有名だった。というのも、追試に補習に……勉強関係の呼び出し放送をされたことは数知れず。呼び出しを無視し、部活に出てる姿を発見したリカに教室へ叩き戻されたことも数知れず。
だからこそ、俺が高校浪人にならなかったことをリカも喜んでくれるとばかり思っていたのだが……。
「残念、合格が決まったらしいね」
「ああ、有難いことにね。決まったよ」
「そっか……」
「……」
生温くも祝福され続けていたからこそ、リカの対応は心に刺さるものがある。確かに推薦に受かったとしても、俺の頭の出来が残念であることに違いはない。とはいえ、リカにこんなにも辛辣な対応を取られる意味がまるでわからない。
既に県内有数の名門進学校への合格を決めているリカだからこそ、受験に向けナーバスになっているとも思えないし、俺の合格の知らせがリカの神経を逆なでしたとも考えられない。
「え、と……。三年間、一緒に部活してた仲なんだしさ。義理でも『おめでとう』くらい言えよな」
実際のところ、リカから見て全くめでたいと思えないレベルの高校だからこそ、口先だけの祝福の言葉さえ述べたくないのだろう。とはいえ、微妙な空気に耐えられず、苦し紛れに注文する。その注文が更に空気を凍らせる展開になるとは思いもせずに……。
「……」
「え、と。……リカ?」
「…………」
俺の注文にだんまりを決め込むリカの意図が読めずに困惑する。義理でさえ祝福の言葉を述べるに値しない存在として認識されてたとか、そういうオチか!?
「え、と……。ごめん。なんか変なこと、言って……」
「……」
謝るつもりなんて更々なかったのにも関わらず、微妙な空気に圧倒されて思わず謝罪の言葉を述べてしまう。たぶん、そういう場に流されやすいところは俺の弱点。だけど、臨機応変に頭を下げることを厭わないことは俺の長所……たぶん。
そんなことを思いつつ、リカの傍から静かに離れようとした途端。居た堪れない空気を少しずつ崩すかのように、リカがゆっくりと語り始める。
「だって、少しも……めでたくないじゃない」
「……え? 俺、高校浪人になって欲しかったのか?」
「そうじゃない。流石に高校は行って欲しかったよ。受かって欲しいと思っていたよ」
「じゃあ、合格したのはやっぱりめでたいことなんじゃ……?」
「確かに浪人回避できたことはめでたいよ、めでたいけど……。めでたくないんだよ……」
「うーん、さっぱり意味がわからない」
リカの言いたいことが理解できず、俺は即座に根をあげる。そんな俺を見ていたリカは小さなため息を吐きつつ、丁寧な説明をしてくれる。
「だからだよ。ここで高校が決まったら、もう勉強一切しないつもりでしょ?」
「当たり前だろ! 進路が決まったんだしさ!」
「でも、ね。あんたの学力じゃ……。たとえ、推薦で合格を勝ち取れたとしても、このままでは進級する際に躓きかねないヤバさがあると思うんだよね」
「……うわ、辛辣ー。だけど、正論すぎー」
「ここで合格を決めずに、一般入試までもつれ込めば、流石のあんたも勉強に身に入ると思ったんだよね。否が応でも中学三年間の総復習を叩き込めば、大なり小なり様になって、進学後の勉強だって段違いに楽になると思ったんだけどね」
だからこそ、この時点での推薦入試合格で決めた俺の進路の行く末を考えると手放しで祝福できない。そうリカは呟く。
確かに、天然記念物級に馬鹿な俺だからこそ、皆がこぞって祝福してくれた。だがそれは言い換えれば、対等に見てもらえていないからこそ、受験前のナーバスな子でさえ祝福する余裕を持てたとも言えるわけだ。
そんな中、目先の結果だけでお茶を濁すことなく、先々まで心配し、祝福の言葉を簡単に述べないリカは、ある意味で俺を同じ目線で心配し続けてくれていると言えるだろう。そんなリカに述べる言葉は一つしかないはずだ。
「……リカ、お前。マジでいいやつだなあ」
今日、俺は『おめでとう』の言葉をたくさん聞いて過ごしてきた。皆が述べる祝福の言葉に、春から進む道が決まったことを共に喜ぶ気持ちが込められていたからこそ祝福の言葉をもらえて、素直にうれしく思えた。
だけど、リカの小言は『おめでとう』という祝福の言葉以上に幸せを運んでくる。春から進む道の更に先の道まで気遣い、寄り添い考えてくれる優しさを理解できたからこそ『おめでとう』という文字通り祝福の言葉はなくても、最高にうれしく思えた。
リカから『おめでとう』という言葉を引き出すことは出来ないだろう。だが、『おめでとう』という5文字のフレーズ以上の気持ちをリカからもらって、尚も『おめでとう』というフレーズに固執するつもりはない。リカから解説されて初めて理解するくらい馬鹿だけど、知れば納得できるくらいのなけなしの理解力を持ち合わせていたことを素直に喜んだことを生涯忘れないだろう。
【Fin.】
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