第4話 死はどこに
世界が変わった。ただそれだけを感じた。
死を求めて何千何万回も飛び降りたが、それでも死なない
だが今いる場所は何処だ?少なくともあの不平が鬱積し嫌悪を催す不愉快な場所とは違う。
あぁ……。
複雑に絡み合った感情はそんな声になって漏れ出た。安心感か、疲労感か、解放感か。色々な感情が入り交じり、もう何も考えたくないと意識がだんだん朦朧としていく。
終わったんだ、あの悪夢は……。
早く、死にたい……。
苦しみたくない。悩みたくない。悲しくなりたくない。
これ以上、醜くなる前に……………
そう疑問に思ってしまった時、ぼやけた視界や朧気な意識が焦りからはっきりと覚醒する。
あの世界では死ななかった。いや、死ねなかったと言うべきか。ともかくあれは、夢のような幻のような、想像上のような虚構の世界だと思っていた。
そうでなければ、死んでいるはずなんだ。
でも、仮にそうじゃないとしたら……?悪夢じゃないとしたら……?
一刻も早く不幸から解放されたい思いに拍車が掛かる。
夢が現実となってしまうとしたら?偽りが真実となってしまうとしたら?虚構が事実となってしまうとしたら?
あり得ない。あってはならない。だけど、だけど……。
もし…、万一…、仮にそんなことがあったら?
俺は……、俺は――――――
「誰だ!?」
そう意識して、うつ伏せの身体を起こし音のする場所を黒い瞳は捉えた。
「最悪だクソッ!!他にもいるんじゃねえかよ…!、ゲートを使うやつが!!」
想定を遥かに上回る最悪な状態と思い込み、悪態をついていた。怒りに染まった顔で、アリアを睨み付けると、その本人はエイゼルの想像とはまるで違う顔をしていた。
「彼…は……、彼は一体……?」
「……はあ?どういうことだ?」
アリアのその様子と言葉にエイゼルは毒気を抜かれた。二人は目の前に現れた自分達とさほど歳の変わらない青年を見る。二人とも得体の知れない存在への恐怖を感じながら、今にも爆発しそうな危険物を見るかの如く観察していた。
すると危険物から音が鳴った。
『あ……?……何を…言っているのか、理解できない……』
突如現れた男らしき存在は言葉を口にしたのだが、その言葉が二人には理解出来なかった。自分達とは全く別の言語を話していた。
「何て言ったんだお前……」
エイゼルが一人、謎の男に向かって声を掛けた。エイゼルの言葉を聞き取った男はまた口を開いた。
『……違うんだな、言葉が。……きっと何も伝わってない、けど……』
再びあぁと声を漏らす。そしてふふっと意味深に笑った。
『これは、変わっている…!あんな地獄のような所じゃない、世界は変わってるんだ…!だから、だから、だからだからもう、終わりたい……!』
喜ばしそうな表情から一転してどこか悲しそうに懇願するかのように言葉を発する。ただならぬ雰囲気を感じ取りアリアとエイゼルの緊張感は限界まで高まる。
「何なんだ、こいつ……!?」
二人は驚いていた。
エイゼルは行き場の無い疑問を吐き出していた。
だがアリアは、そんな正体不明の相手ではなく、
黒い髪の男を前にして、アリアは不思議な感覚に陥っていた。
(私はどうして…、どうして彼を見ていると…、
辛く苦しみ悶える彼の姿を見ていると、味わったことのない感覚にひたすら疑問を抱く。
名前も顔も知らない赤の他人。そんな相手にどうしてここまで感情が揺れ動くのか、自分自身を疑ってしまう程だった。
男の呟く言葉や表情には真に迫ったものがあり、演技とは到底思えなかった。
謎の男の感情は徐々に高まっていく。
『終わりにしよう…、終わるはずだ。いや、終わらせてくれ!お前のその槍で、俺を殺してくれ!!!』
「なっ…、だから分からねえよ!?意味不明なんだよその言葉ァ!!」
黒髪の男は徐に立ち上がり、飢えた獣の様な目でエイゼルをじっと見つめる。そして静かに、ゆっくりとエイゼルへ向けて歩き出す。
同じ人間であるかすらも疑わしく感じる狂気に染まった不気味な相手に、エイゼルは怖じ気づいていた。
意味不明な言葉を喋る不気味な男が自分に近付いてくる、そう思いエイゼルは警戒心を露にし、恐怖を誤魔化すような大声で相手を脅す。
「近寄るんじゃねえ!!それ以上来たら殺すぞ!!」
軽いパニック状態に陥っているエイゼルの頬や首筋に冷や汗が流れる。一歩一歩慎重に後退するも、男はそれを上回る速さで笑みを浮かべながら歩み寄ってくる。
男との距離が狭まるのと比例して焦りと恐怖が高まっていく。そして互いの距離が3メートル程まで近付いた時、エイゼルは右腕の槍を構え魔力を極限まで高め、先程までとは違い霧が本物の槍ように実態化した姿に変貌を遂げる。
「はあっ…はあっ…!!クソッ!!!ああああああああっ!!!!消えろおおおおおおおおおおおっ!!!!」
男に霧で作り上げた槍を周囲の空気を巻き込みながら全力で投擲した。腹部に深く突き刺さると同時に、霧を内部で解放し爆散させた。その衝撃で男の身体は地面を離れ、後方の壁に掛かった巨大な絵画に背中から叩き付けられ、そのまま床に落下した。
腹部の大半が爆ぜ大きな穴が開く。上半身と下半身は殆ど繋がっていない有り様となっている。爆発地点の床には大量の赤い斑点と肉片が広がっており、男が凭れ掛かっている壁には血が滴り、絵画には水風船を投げたかのように新たに生まれた血溜まりから縦に赤い線が描かれていた。
エイゼルは魔力の激しい消耗で、肩で息をしながら呼吸を整えている。アリアは左脚を抑えながら眼前の光景を見届けていた。
「ハァ……ハァ……」
「どうしてこんな…。一体、一体何が起きて―――」
殺されそうになったアリアの前に現れた謎の男。そんな彼がエイゼルによって殺された。何の抵抗もなく無惨な状態へと変えられた。
それがただただ謎でしかなかった。しかし、
「……………え?」
目の前で見ていた光景に更なる異物が加わる。アリアはその不自然な光景を目の当たりにし、不意に驚きを口にした。
その声を聞いてエイゼルは一度アリアを見やる。口を開けたまま目を丸くする彼女を確認して、アリアの向く先へ恐る恐る視線を移した。そしてその異物を前に、エイゼルも目を丸くした。
虚ろな目をした黒髪の男がそこに
身体が上下に二分割されそうだった面影は跡形もなく消えてしまった。目を疑うような光景に二人は言葉を失った。
『……………………』
「嘘…だろ……?どうなってやがる……」
異物の正体である無傷の男は何も言わずにずっと下を向いていた。
長い沈黙が訪れる。物音一つ立たず、自身の呼吸と鼓動がやけにうるさく聞こえるような雰囲気の中、そんな張り詰めた空気を乱す者はこの場にはいなかった。
長く続く沈黙は突然の来訪者によって終わりを迎えた。
「…あのっ!エイゼルさん!!迎えに来ました!!」
「何をしているんだ!エイゼル!!」
突如この場に現れたのは
空間を割ったかのように存在する円には、この部屋の光景は映らずに別の空間が広がっており、何名かの人物がエイゼルを心配そうに覗いていた。
「……!やっと魔力が回復したか!」
コンマ数秒反応が遅れたエイゼルは意識を取り戻しすぐに剣を仕舞う。エイゼルはゲートと呼ぶものへ向けて絡まりそうになる足を動かし全力で駆け出した。
円の中へ一心不乱に飛び込む瞬間、視界の隅に黒髪の男が入り込む。その男へ視線を向ける。
目と目が合った。
自分の
そしてエイゼルは飛び込むと同時に叫んだ。
「閉じろおおおおおおお!!!」
エイゼルの全身がその空間に入りきったところで円は瞬く間に縮小し、数秒後に消滅した。
そうして、二人だけが残された。
エイゼルがこの場を去るのを二人は何もせずただ見ていた。それを見届けた黒髪の青年はアリアの方を見る。同時にアリアも黒髪の青年へ視線を向けた。
男の視線はアリアの怪我をしている左脚に注意が向く。
『可哀想に……』
「……え?」
何か言葉を呟いた男はアリアへ歩み寄る。それに気づいたアリアは身を守ろうとして剣を探す。エイゼルの攻撃を受けたときに離してしまった自分の剣は、手の届く距離より遠くにあった。
数秒後、目の前にやって来た男をアリアは見上げる形になった。何も持たず左脚を失った状態で焦りが加速する。
アリアは何も出来ずにただ見ていると、男はアリアに向かって右手の平を差し伸べていた。
『…大丈夫?』
「あ……?えっと……」
自分に対して狂ったような笑みを浮かべるどころか、哀れむような目で優しく言葉を掛けてきた。とても予想外であった。
その言葉は相変わらず理解出来るものでは無かった。理解は出来なかったが、目の前の彼が自分の左脚の怪我を見て心配していた。
とても優しそうで、可哀想な目だった。
そんな彼を見て、とても危険な存在だとは思えなかった。アリアは差し出されたその手に触れた。
その瞬間、左脚に熱が籠る感覚がし、すぐに失ったはずの脚に目を向ける。
アリアはまたしても信じられない光景を目にした。
「嘘っ……」
失った脚の骨と肉が瞬く間に再生され、たったの数秒ほどの時間で足の指先まで傷一つ無い綺麗な艶のある肌へと元通りになる。
更に膝下が無くなった軍服までもがしっかりと全身が新品同様の状態になっていた。ただ唯一、左足は裸足のままであった。
「凄い……、全部治ってる……!?」
足の指を動かし、失った脚が何もかも完全に治っていることに驚嘆した。
その現象を起こした黒髪の男も、その怪我が治っていく様子を見て
「
その言葉を、アリアは
「っ!?……今、怪我が治った、って言ったの?」
先程まで自分の知らない言語を話していた彼が突然、何の前触れもなく自分と同じ言語を話すようになった。その事に動揺が隠せなくなり、直ぐに視線を彼に向けて恐る恐る尋ねた。
黒髪の彼の顔を下から見つめていたが、自分の問い掛けに返事が返って来ることはなかった。
彼が口を開こうとした瞬間に聞こえてきたのは、肉が潰れるような不快な音だった。
彼の右の側頭部が爆ぜて血が飛び散っていた。
顔の右半分が赤く染まった彼はそのまま受けた衝撃で左に傾き床に倒れこんだ。
アリアは何が起きたのか理解できず、彼が意識を失う様子をただ眺めているだけだった。
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