四〇 山かげの町エルントデニエ

 フェルファトア達は、ベレデネアから川沿いや、まして大きな街道ではなく、山と山の間を縫うように作られた林道を渡り歩いてヴェルデネリアまで向かおうと考えていた。

 そして、その道程はフェルファトアでさえ驚くほど順調であった。

 想像した通り、その道中には地上統括府の街道院の役人の姿は全く見られなかったからだ。

 フェルファトアの選んだ途上では、近隣の村の住人以外、誰とも顔を合わせることはほとんど無く、時たますれ違う者も大抵はフェルファトアの顔見知りだった。

 6人はその道中でネルスデネエア、ミュッル=フェノ=テルノー、メセトーの3つの村でお世話になりながら、ヴェルデネリアの属する郡では比較的小さな田舎町エルントデニエに辿り着いたのだった。

 

 エルントデニエは、この山かげ街道の中でも一番栄えている宿場町であり、商人の中では穴場と呼ばれている。

「ここまで、こんなに順調に進めたのは奇跡みたいなものだわ」

 エルントデニエの小さな宿屋に腰を下ろしたフェルファトアは、これまでの順調すぎる道のりを思い出しながら満足感に浸っていた。

「相当厳しい道でしたよ」

 うってかわって都市育ちのフェブラは、フェルファトアの意見に対して言い返した。

「道中、虫は出る、ヘビは出る。それにこの前は三日間雨が降り続いて滑る……私、こんな街道があるなんて……初めてですよ」

「途中、妙に甲高い何かの鳴き声が聞こえましたよ。相当厳しい道だったじゃないですか?」

 トリュラリア出身の兵士達は、口々にこれまでの街道の苦労を語り始めた。

「貴女達は海側の街道や主要街道くらいしか歩いたこと無いのでしょうけどね、山側の小街道にはこういう街道はたくさんあるのよ」

「でも、途中で道がすっぽり消えてたところもあったじゃないですか」

「別の道が見つかったでしょう? 天気が悪いと、どの道もがけ崩れに陥没にで、どこにも行けないなんてこともあるんだから」

 フェルファトアの反論に、兵士達は若干眉をひそめつつも言い返すのをやめた。

「まあ、何にせよ、ヴェルデネリアの町まではもう1、2日くらいでしょう。今日も休めることだし、ゆっくり休みましょう」

「は、はい!」

「それじゃあ、どこかで食事をしましょうか」

 各々荷物を開いて洗濯を終え、一段落ついたところで、フェルファトアはどこか食事も楽しめる酒場に連れて行くべく、兵士達を外に連れ出した。


 エルントデニエの町は街道一の町とはいえど、シュビスタシアやトリュラリアのような海沿いの大街道の町とは違い、酒場は数えるほどしか無い。

 フェルファトアがいつも立ち寄るという酒場に向かうと、意外にも店内は空いていた。

「お? 今日はやけに空いてるなあ……」

 フェルファトアが扉を開けると、狭い割に半分程度しか埋まっていない店内を見て、いつもと違う雰囲気を感じた。

「ヴァルマリアさん、お久しぶりですね」

 酒場の店員がフェルファトアの姿を見るなり話しかけてきた。

「今日は……またすごい大所帯で」

「そうなの。ちょっと、机を2つ使わせてもらってもいいかしら?」

「そうですね……いいですよ」

「じゃあ、そうさせてもらうわね」

 円形の机と椅子を全員でガタガタと持ち運んでくっつけ、ようやく座り、とりあえず適当に料理を注文した。

「お酒は飲まれないんですか?」

 兵士の一人がフェルファトアに質問をした。

「そうね。この戦いが終わるまでは、付き合い以外は飲まないようにしてるの。次の瞬間何があるかわからないし」

 フェルファトアは水を一口飲みながら答えつつ、改めて店内を見回してみた。

 寂しいほどではないにしろ、いつもはほぼ埋まっていた席は、半分程度しか埋まっておらず、空席が目立っていた。

「フェルファトアさん、どうしたんですか?」

「え? いや、今日は人が少ないなあと思ってね」

「考えすぎですよ」

「今日は運がいいだけですよ」

 フェルファトアの胸騒ぎを他所に、兵士達は口々に偶然だと言い始めた。

「偶然か……まあ、そうかもね」

 そのまま待っていると、やがて料理が運ばれてきた。

 海沿いの街トリュラリアやシュビスタシアで生まれ育った5人にとっては、エルントデニエ近隣で採れる山の幸は物珍しいものだったようで、それぞれがしていた話を止め、目の前にある料理に夢中になった。フェルファトアも、他の5人ほどではないが、これまで考えていたことを一旦忘れて料理を楽しむことにした。

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