第三章 ノズティア・ヴェルデネリア蜂起

第九節 エルプネレベデアの戦い

二四 分割

「え? 私が町長?!」

 戦いの次の日、エレーシー達の様子を伺おうと町役場を訪れたアビアンは、衝撃の一言を言い渡された。

「そう。トリュラリアの町長よ」

「で、でも……」

 いつもは二言目で了承するアビアンも、今回ばかりは手を前で組んで辺りを見回してうろたえるしかなかった。

「そんな、昨日この町に来て、今日すぐに町長と言われても……」

 後込みをするアビアンを見て、ティナはゆっくりと椅子から立ち上がり、アビアンの肩を後ろから叩いた。

「大丈夫よ。私も、昨日からこの『国』のトップだから」

「それはそうだけど……」

 ティナは会話の間にどんどんアビアンを歩かせ、ついには町長の椅子に座らせた。

「まあ、確かに……私が言うのもなんだけど、貴女は頭の方は今ひとつかもしれないわ。でもね、貴女は私達の誰も持ち得ないものを持ってるのよ」

「誰も持ち得ないもの……?」

 ティナはアビアンの首に手を巻き、肩を寄せて語った。

「人望よ」

 アビアンはティナの方に顔を向けた。

「人望……それなら、ティナ達にもあるんじゃ……?」

「いえいえ。だって、貴女一人で何百人と集めたんだもの。それも、本を使わずに。その、互助会とかを使って」

「まあ、そうだけど」

「でも、一人じゃ辛いわよね」

「そりゃあ、そうだよ。一人じゃそもそも自信がないもの……」

「ちゃんと、副町長も考えてあるわ」

「本当?!」

 アビアンは机に手をついて勢いよく飛び上がった。

「ええ、まあ、あなたの知り合いかどうかは知らないけど……」

 ティナは扉を開け、廊下にいた者に手招きした。

「あ、はじめまして……?」

 ティナに手を引かれて入ってきたのは、何とも謙虚そうな人であった。

「はじめまして……あれ? 昨日、港の方で会わなかった?」

「あ、分かります? 私、アルミア・エレンシアです」

「ああ、そうだ、そうだ。確か昨日、港に一番乗りしてきた子だね!」 

「一番乗りかどうかはわからないですけど、確かに港で『神器』を渡されました!」 

「アルミアは、頭良いの?」

「頭良いかどうかはわからないですけど、一応、3年間は地上統括府市の学校に通ってたので、普通以上はあるかなぁって思ってます」

「えっ、地上統括府市?! 

 アビアンはこれでもかというほどに驚いた顔をした。

「彼女はね、エルルーアの先輩なのよ」

 ティナはアルミアを手のひらで指して紹介した。

「ああ、ティナの妹の……」

「エルルーアちゃんとは、そんなにいた時は被ってないんだけど、向こうは知ってたみたいで……」

「なるほど、エルルーアの先輩かあ……それなら賢さは折り紙付きだよねえ」

 アビアンは顎に手を当てつつ笑みを浮かべた。

「よろしくね、アルミア。ティナ達に負けないくらい、この町を立派なミュレス民族の町にしようね!」 

「は、はい!」

 ティナはようやく意気投合したらしい二人を残して、にっこりと優しげな顔をしながら部屋を出た。


「あ、ティナ!」

 ティナは階段を降りている途中で、町長室へ上がってきたエレーシーとフェルファトアとバッタリ出会った。

「あら、エレーシー、フェルフ。貴女達もアビアンに用があるの?」

「ずっとついてきてくれてたし、しばし置いていっちゃうんだから最後にと思ってね」

「それもあるけど……」

 フェルファトアは少し言い始めるのを渋った。

「フェルフ、どうしたの?」

 ティナが聞くと、エレーシーはフェルフの服を引っ張って促した。

「あ、あの……」

 いつになく戸惑いの顔を見せるフェルファトアの様子を見て、ティナは若干の不安感を覚えた。

「フェルフ……?」

「あの、水を差すようだけど、私、本隊から抜けたいと思って……」

「……え?」

 その一言に、ティナは身も心も固まり、ただ目を丸くするだけだった。

 しかし、その反応にはフェルファトアもエレーシーもうろたえるばかりだった。

「あ、いや、そうじゃなくて、フェルフ、いくらなんでもそれはあんまりだよ」

 エレーシーは手を広げ、お互いの顔を見ながら両者をなだめた。

「あ……ああ、そうね、ごめんなさい。別に辞めるってわけじゃないのよ。別隊として動きたいってだけなの」

「あ、ああ、そう……? え? 別隊って……? 何?」

 ティナは少し胸をなでおろしたが、それでも頭の中は疑問で埋め尽くされていた。その疑問を解決するべく、エレーシーはくるっとティナの方を向き、説得を試みた。

「フェルフはね、西で集めてきた2000人を動かしたいんだよ」

「西……ああ、フェルフが集めた仲間ね。でも……」

 ティナはエレーシーを右手で押しのけてフェルフと対峙した。

「フェルフ、私達には貴女が必要なの。聡明な貴女の意見が……」

 フェルファトアはティナの目をじっと見つめたまま、身じろぎ一つしなかった。

「武器の調達の時だって、人を集めた時だって……私達はいつも貴女の助言がなかったら成し遂げなかった事ばかりだわ」

 フェルファトアはただ瞬きをするだけだった。

「私は……確かに戦術や剣術については、貴女の持ってきた本を読んでいくらか学んだわ。それでも、まだまだ力不足だわ。やっぱり……」

 フェルファトアはそこまで静かに聞いていたが、さっと右手を広げティナにかざした。

「……そこまで分かってるなら、私の話を聞いて」

 ティナは出しかけた言葉を飲み込み、腰に手をやり、聞く体勢に入った。

「別に私だって、考えもなしにこんな話を持ち出しているわけじゃないの」

 ティナは少し目を丸くし、腰においていた手を前に出した。

「昨日、私は混乱に乗じて天政府人が西に逃げていくのを見たわ。きっと、シュビスタシアに伝えに行ったのよ」

「うん」

「貴女達は東に行って兵力増強と戦いに勤しむのだろうけど、そうしている間に西の方への連絡路はこじ開けないといけない程に固く閉ざされてしまうわ」

「うん、そうね……」

「それに、これからシュビスタシアに伝わるということは、遅かれ早かれ西の方にも伝わるわ」

「うん」

「それを聞いて、ミュレス人の仲間がどう思うか……おそらく、自分達でコトを起こそうと考えかねないわ。それも何の作戦もなしにね。私はそれを一番恐れているの……」

「まあ、確かに、せっかく集めた仲間が制御不能じゃ困るというか、逆に邪魔になるかもしれないわね」

「でしょう? だから、彼女達を一箇所に集めて管理下に置いておきたいの。もちろん、そのためにはこのトリュラリアのようにどこかを征圧しておかないといけないけれど……」

 ティナはただただ頷くしかなかった。

「確かにその通りね……じゃあ、そこの総司令官につきたいということかしら?」

 フェルファトアはしばし上を向き、再びティナの顔を見た。

「ええ、その通りだわ。もちろん、貴女の方が位は上だと伝えておくわ」

「うーん、それなら、後で合わせやすいかもしれないわね……」

「だから……」

 ティナはフェルファトアの予想や理論に妥当性を見出し、納得はした。したものの、結局、ティナの心配は晴れていないことに改めて気がついた。

「ちょっと待って。結局、私達は作戦や計画を私とエレーシーで立てる訳?」

「自信を持って。……とは言っても、まあ、いきなりは不安かしら?」

「そりゃそうよ。私達はこれまで、何をするにもこの3人でやってきたもの」

「大丈夫よ。私の後任はもう決めてあるわ。ティナ、貴女のよく知る人物よ」

 フェルファトアは胸を張って言った。ティナには既に見当がついていた。

「それって……」

「貴女の妹よ」

 フェルファトアはにこっと笑った。それを見計らったようにエレーシーも笑みを浮かべながらティナの背中を叩いた。

「良かったじゃない、ティナ。エルルーアがティナの支援をしてくれるらしいよ」

 ティナは腕を組み、眉間にシワを寄せて何ともいえない顔をしながら上を向いて暫く考えた。

「エルルーアね……。まあ、いいわ。悔しいけど、頭良いのは確かだもの」

「じゃあ、フェルフの離脱を認めるの?」

「……認めざるをえないわね。全土奪還を目標にするなら、西部の攻略は避けられないもの。でも、貴女一人では不安だわ。だから、そうね……10、いや、8……5人。5人を一緒に連れて行って」

「……分かったわ。じゃあ、二人は船小屋から取り出した武器を持った兵士をつけさせて」

「仕方ないわね。フェルフの好きな子を連れて行ってあげて。あ、そういえば船を漕げる人も必要ね。私が見繕っておくわ」

「ありがとう、認めてくれて」

 ティナは再び腰に手を当てて大きなため息を一つついた。

「はあ、フェルフには敵わないわね」

「さて、話もまとまったところで、フェルフの旅立ちを祝いましょうか」

 エレーシーは、グラスを持つように右手を握り、前へ突き出した。それを見た二人も真似をして、手を突き出した。

「フェルフの旅路と、戦いの勝利のために」

「フェルフの旅路と、戦いの勝利のために」

「私の旅路と、戦いの勝利のために」

 3人は曲げた人差し指をぶつけ合って。3人で輪になり、暫く抱き合ったのだった。


 フェルファトアと5人の兵士が西の門から旅立つのを見送ったティナとエレーシーは、再び険しい顔をした。

「……さて、私達ももうそろそろ行きましょうか。一日も早く、フェルフが率いる軍を見たいわね」

「私達も、フェルフが思わずあっと言うような軍勢にしたいね」

「ええ、これからは今以上に戦いの日々になると思うわ」

「そうだね。ノズティアにつくまでにはたくさんの町があるもんね」

「小さな町には天政府人は少ないとは思うけど……なるべく早くノズティアを目指したいわね」

「よーし、それじゃあ、兵士の皆に号令をかけようかな」

 エレーシーは一度、大きな伸びをすると、門に背を向けて町の中央へと歩き出した。

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