二三 トリュラリアの宣誓

 地上天暦353年4月1日。

 ついにこの「芽生えの日」がやってきた。

 ティナとエレーシーは、ハリシンニャ川東岸の交易都市、トリュラリアの中央広場近くの家でその時を待っていた。

 この街には2人だけでなく、トリュラリアに住むミュレスの民1600人の他、外部から交易を装ってこの町に泊まっている1000人強を合わせて約3000人弱が息を潜めて待っている。

 もちろん、アビアン、フェルファトア、エルルーアの3人も、別の家でその時を待っている。また、昨日の未明から、ティナのもう一人の妹であるフェンターラも、一般市民に紛れてこの街に着き、他の宿で待機している。

 町は春めいてきているというのに、真冬のようにしんと静まり返った朝を迎えていた。

 これに違和感を覚えた天政府人が外に出て辺りを見渡しているのが窓から見えた。


 時を知らせる鐘が一つ鳴った。

 ティナとエレーシーは階段を駆け降り、同じ宿に泊まっているティナの妹、エルルーアとフェンターラ、その他数人のミュレス人と共に玄関の前に押しかけ、静かに外の音に聞き耳を立てた。

 鐘撞きはさらに鐘を撞いた。

 2回、3回、4回……

 ……5回。


 5回目の鐘を合図に、各戸のドアが開き、中から一斉に武具をつけたミュレス人が声を上げながら飛び出した。朝の巡回に出ていた治安管理員はその波に押し倒され、潰されていたが、それを気にする者を誰一人としていなかった。

 ティナ達もそれと同じくして飛び出し、中へ中へと分け入った。

「鐘を囲め! 鐘を!」

 広場に集まったミュレス人が一斉に冠状を為した。そして、盾を持つ者が最外周に並んて一斉に構えた。輪の中に入っている者も鐘に背を向けて遠くを見据えている。

 やがて騒ぎを聞きつけた天政府人の治安管理員と町役場の職員が様子を伺いに来た。天政府人がぞろぞろと集まってくるが、両者とも目を合わせたまま全く動かない。

 ティナは天政府人が程よく集まったところを見計らって鐘撞き台の上へ上がった。


「トリュラリアと全国の天政府人に告ぐ! 我々は、ミュレス国を、350年の時を経た今、再びこの地に築く! まずはこのトリュラリアの奪還に取り掛かる! 我々は好んで危害を与えはしない。しかし、我々に抗う者は決して許さない! 天政府人の全員は、大人しく従うか、それともその命を曝け出して抵抗するか、二つに一つを、直ちに決めよ!」

 ティナの演説が終わると同時に、エレーシーは剣を抜き、朝日を指すように振りかざした。

「かかれ!」

 エレーシーの合図とともに、広い広場を埋め尽くしていた3000余の武装集団は大声を上げながら、放射状に拡がっていった。ティナの演説を止めようと弓矢を放ち続けていた治安管理員も、それを遠巻きに見ていた役人達も迫りくる熱気に圧されて一目散に逃げ帰っていった。

 数千のミュレス国兵が地に水が流れるが如く街路という街路を埋め尽くし、家という家に立ち入り、天政府人を見つけては「従うか、それとも抗うか」と問い、従う者は捕え、抗った者には容赦なく攻撃を与えた。中には、これは好機と十数人まとめて自らの雇用主の家に駆け込み、剣を突き付けてミュレス国への服従を誓わせた者もいたようだ。

 トリュラリアの町の端まで辿り着いた一団は、捕えた天政府人とともに再び町の中心部へと向かった。目指す先は、トリュラリア町役場だ。


「我々は一つ、我々は自由なる民族。我々の国、我々の土地」

町役場を囲んだ一行は、エレーシーの先導に従って民族の誇りを声にして、ゲートを前にして唱和した。

 既に太陽は傾きはじめ、ミュレス国兵は堪えきれない空腹に苛立ちの顔を見せはじめた頃、ダルダノ・ルブルドル町長が沈痛な面持ちで役場からゲートの前まで重い足取りで一歩一歩、時間をかけてやって来た。

「町長……貴方にもお聞きしたい。我々ミュレス国に従うか」

 エレーシーが問いかけたその刹那、町長は突如顔を上げた。後ろに回していた手と共に短剣がゲートの隙間から飛び出した。

 エレーシーは本能の限り、素早く仰け反ったが、その瞬間に鋭い痛みがエレーシーの頬をなぞった。

 あまりに突然のことに隙きを見せるも、エルルーアがすかさず町長の喉元に剣を押し当て、その場に座らせた。

「どうやら貴方は抵抗する道を決めたようね。今日、貴方と同じ天政府人が同じ選択をした結果、どうなったか……その身で知らしめてあげましょうか」

エルルーアが剣をさらに少しだけ強く押し当てると、剣の先から血が滲み出た。

「……そうか、やはり……そうなんだな。」

町長は震えた声で呟くと、手にしていた短剣を地に放り出してうなだれた。

「もう一度問うわ。ミュレス国に従うか、それとも……」

「分かった、分かった。……抗ったとして、どうせ同じ結果になるだけだ」

「……そうね」

エルルーアは左手で肩越しにフェンターラを招き、脱力した町長の両手を縛らせた。

「エルルーア、ありがとう」

「いえいえ。エレーシーさんも統括指揮官としてこのくらい出来るように、ね」

エレーシーは思わず苦笑いを浮かべかけたが、はっとして顔を引き締め、町長からゲートの鍵を貰い、自らの手で鍵を開けた。

「さあ皆、この町の征圧の仕上げといこうじゃないか! 私に続け!」

エレーシーは頬をおさえながら、目で突入の意思を伝えた。兵士達は呼応するように武具を掲げ、エントランスホールへと突入していった。

 町役場の役人達は、町長が捕えられた場面を窓から見ていたらしく、既に敗色の雰囲気に包まれていた。さらに意気揚々と駆け上がってくる数百人単位の突撃部隊に、戦闘慣れしていない木端役人達は恐れをなして手も足も出ず、征圧は容易かった。


「今、我々はトリュラリアの中枢を征圧した!」

 エレーシーは町長室に掲げてあった地上統括府旗を窓から投げ捨て、屋外に向かって高らかに勝利の宣言を行った。町役場の内外から、割れんばかりの歓声の声に包まれた。

 ちょうどその時、市街戦の指揮を引き継いでいたティナも町役場に到着した。

「あ、ティナ。町の方は大丈夫?」

「今、捕まえた天政府人達を治安管理所にまとめて入れてきたところだわ。町のいたるところに見張りも置いてきたし、大丈夫でしょ」

「ティナ、ありがとう」


 エレーシーは、一仕事を終え、春先の夕焼けが包む町並みを見ながら感慨にふけていた。

「しかし、結構あっけなく陥落したもんだね」

「この町に天政府人が思ったよりも少なかったからよ。フェルフが言うには、西の大都市は天政府人が多いと聞くわ。ここを攻め落とせなきゃ、全土から追放なんて夢のまた夢でしょうね…」

ティナはエレーシーの肩に手をおき、ともに夕陽を眺め、お互いの努力を讃え、お互いの気を引き締めあった。


「それよりも、これからが大事だわ。いずれ、地上統括府、いや、天政府との戦いになるのも近いわね」

「そうだよね。早く戦線を展開しないと抑え込まれちゃうよね……」

「とりあえずの首都として、ここはそうね……とりあえず、アビアンに任せましょう」

「アビアンに?」

「ええ、勘だけど、きっとやってくれるわ」

「まあ、ティナの勘を信じようかな」

「さ、話は早いほうがいいわ。アビアンに引き継いだら、明日から遠征に行くわよ」

「早々に地上統括府市に向けて出発する?」

「いえ、まだ人も技も足りないわね。東の黒猫族の街から始めましょう」

 ティナとエレーシーは、昨日までの地上統括府民ではなく、ミュレス国軍幹部としての意識を新たにした。このトリュラリアでの建国宣誓及び征圧は、まだ長い旅路の第一歩に過ぎない。また明日から、生と死のせめぎ合う場を渡り歩く事になるのだが、今日は一先ず、勝利の美酒に酔いしれるのであった。

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