第二章 トリュラリアの宣誓

第五節 民族の意識は拡がるか

七 床上の空論

「狭い……」

 エレーシーは自室のベッドで、ティナとフェルファトアの冷えた身体に挟まれていた。

「あー、寒かった」

 暖炉の火が消えたエレーシーの部屋には、造りの粗い窓から隙間風がとめどなく流れ込んでくるのであった。

「狭いし、冷たいの」

「だってまさか、エレーシーの部屋がこんなに寒いとは思わなかったもの」

「そりゃそうでしょ。街の宿屋は一日中暖炉焚いてるけど、皆どこも実家じゃ寝る時は暖炉消してるでしょ?」

「そうだけど、それにしてもこの部屋は寒すぎだわ」

「だから、こうして3人で毛布にくるまってないと、朝になったら誰かが風邪を引いてることになるわね」

「わかるけど、ここまでぎゅうぎゅうに詰めることはないでしょ?」

「もうこっちはギリギリよ。ティナの方もでしょ?」

「そうね、これ以上壁の方には寄れないわ。それに、これだけ近ければ隣の部屋や廊下に声が漏れずに3人で話せるでしょ?」

「まあそうだけどね」


 3人はこれまでよりも更に息を潜めて、周囲の音に耳をそばだてつつも、改めて話し始めた。

「じゃあ、酒場の話の続きね。改めて聞くけど、これは『革命』だからね。実行に移したら、明日どころか一時間後も知れないことになる。後戻りはできないよ。その覚悟はいい?」

「そうね……」

ティナは下を向いて大きな息を一つ吐き、目を見開き、エレーシーを睨んだ。

「分かったわ。でも、その事は意識しすぎないことだわ。怖くなってしまうから」

「よし。フェルファトアは?」

「私は大丈夫よ」

「じゃあ話を続けるね。結局私達3人じゃ何も出来ないから、やることの1つ目はまず仲間を集めることだよね」

「そうね。しかも一番肝心なのは、絶対に天政府人に知られてはいけない事。これは、絶対よ」

「……それはなかなか難しいわ。広まれば広まるほど、どこかで綻びが出てくると思ったほうがいいわ」

「そう?」

「ええ、だから、絶対に天政府にはどこかで気づかれるとは思う。それまでにいかに戦力を整えるかよ。まずは、私達が賢くなるべきだわ」

「うーん、そうか。確かに、この中でお互いに信用できる私達が上に立てないと潰されるか……」

「そうね、私達には賢さが必要ね……自信ないなあ……」

「ティナ、そんなに気負わなくても。ある程度はいるけど、それ以上の専門的な知識は誰か二人くらいが担えばいいから」

「フェルフ、そんなに頭が回るなら自分がその役になれば?」

「えっ……」

フェルファトアは褒められ慣れてないのか、思わず毛布を引っ張って顔を隠した。

「ちょっとフェルフ、毛布引っ張らないで」

「あ、ごめんごめん。まあとりあえずは、少なくとも天政府人の騎兵部隊養成院並の知識は持ってほしいわ。私もだけど、2人も」

 エレーシーもティナも「養成院」というものは初耳だったが、天政府人の組織の恐ろしさは日々感じていたので、凄さは何となく感じていた。

「ええ……それだけで数年掛かりそう……」

「流石に無理かな……でも、せめて他の人には教えてあげられるくらいの歴史は学んでほしいかな。後は、集める人次第かも」

「うーん、難しいねえ……」

3人で顔を見合わせながら腕を組み、敷布団に顔を埋めた。

「フェルフ、そういう本は調達してくれる訳ね?」

ティナが顔をくるっと回してフェルファトアに問いかけた。

「あの社会学の本?」

「歴史以外のも欲しいかな……」

「そうね……今は融雪期の入学式に向けて大量に刷って送ってを繰り返してる最中だから……植字屋の子にも話してみようかな……」

その後暫くはフェルファトアの地上統括府市での交友関係や生活などの話を1時間弱延々と続けた。


「結局、どうするの?」

エレーシーの放り込んだ一言に、両サイドの二人はまたも黙り込んだが、暫くおいてフェルファトアが語り始めた。

「私達も含めて、ミュレス民族の人達って、酒場でもそうだけど、話し好きでしょ。だから、そういう拡がり方で広めていこうかなと思ってるの。やっぱり、この事って結構衝撃的じゃない? だから、広まる速さは速いと思う訳。もちろんその時に、賛同者がいたら私達に連絡してねとは言わなきゃいけないけど」

「でも、広まりきってから準備するの?」

「準備は、拡がるのを待ちつつするの。一度、何人か説くのに必死になれば、後はスピードを落としてその人が拡げるのを期待しながら、装備を揃えましょう」

「装備はどこで揃えるの? そういうのは大体、天政府人が持ってるでしょ?」

「……正直、私は天政府の治安管理所から盗んでもいいと思ってるわ。ただ、それをするならもっと考えなきゃいけないけど」

「おお、いいねえ」

 エレーシーはワクワクしながら話に賛同したが、ふと冷静になって考えた。

「でも、そもそもこんな衝撃的な事信じてくれるかな?」

「そうねえ……確かに、私達が言っても、ただの妄言だと思わるだけよね……」

 3人でどうやって信じさせるのかについて考え始めたが、やがてエレーシーは例の教科書の事を思い出した。

「……そうだ、あの教科書を見せればいいんじゃないかな?」

「ああ、あの民族史の本?」

「そうそう、民族史、民族史。私、一番びっくりしたのは、この紙の質。私達が学校で使った教科書って、ちょっとの事でボロボロになるし、絵なんて簡単な地図くらいしかなかったでしょ?」

「そこ? dめお、確かに私も気になったわ。天政府人は優遇されてるなって思ったもの」

「こんな上質な紙を使ってるのって、天政府人が使うものだからだよね。私達ミュレス民族には絶対手の届かない本。だからこそ、いい紙使ってるし、絵もたくさん描いてあるし、赤い文字で書いてあるだけで絶対に『天政府人は私達と違う事を学んでる。』って分かってくれるよ」

「じゃあ、やっぱり本もついでに渡しちゃう?」

「うーん……そうだね。それが一番理想かな。自分が本を持っていると思えば、天政府人への隠し事が一つ増えることになるし」

「そうかあ、じゃあその方向で行こうかな。植字屋の子に結構頼み込まないと……」

「まあとにかく、信用できて、周りに広めてくれる人を探さないとね」

「私はベレデネア村の皆に広めることを考えましょうか、うーん……」

 3人とも、今各々が持っている冊子の内容を誰にどうやって話そうかと考えていたが、そのうちに眠りについてしまった。

 日は既に変わっているが、窓の外は未だに暗いままである。

 夜空には昨日と同じように雲はなく、月に負けぬ満天の星々が光り輝いていた。

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