第四節 シュビスタシアの合意
五 はしご酒
今日は休日ではあるが、エレーシーとティナはいつものように酒場にいた。行く酒場はもちろん、フェルファトアがシュビスタシアに寄る度に立ち寄っているあの酒場だった。
そして、今日もフェルファトアはあの酒場にいた。遠く東の街からの帰りにシュビスタシアで泊まるのだ。
「今月は結構稼げてるの?」
ティナはエレーシーに酒を注ぎながら、冬の間の稼ぎについて心配した。
「うーん、そうね……まあまあ、かな……」
「あまり稼げてないの?」
「毎日のご飯は節約してるし、一人で食べていく分は確保できてるんだけど、私達農村の民はそれだけじゃないから……」
「確かに、村に持って帰るだけのお金はいるわね……」
「この街の人って、いつもその日暮らしなの? エレーシー」
「……え? うん。昼の仕事してる人は大体そうなんじゃないかな?」
エレーシーは目を泳がせながら答えた。
「エレーシー、今日は元気が無いけど、どうしたの?」
「そ、そう? なんでもないよ、本当に」
ティナも今日のエレーシーの様子を訝しげに見ていた。いつもならこれでもかと自分の生活に関する愚痴をひたすら披露するのだが、今日は非常におとなしい。
エレーシーは僅かの間考え、すぐに顔を上げた。
「あ、そうだ。今日は別のお店にも行ってみない? ね、ね」
「え? 私はまあちょっとぐらい帰るのが遅れても言い訳は何とでも効くから別にいいけど……どうする、ティナ?」
「うーん、でも……今日次の店にいったら明日は飲めなくなるわね」
「明日は、リュメーツ屋で会おう。だからね、お願い」
「分かったわ。その代り、エレーシーの分だけ勘定割増ね」
「う、うん。分かった。さ、行こう、行こう」
店内はこれからが本番と賑やかになる時間だが、エレーシー達は一刻も早くと勘定を終え、山に向かう街路を歩き始めた。
この寒い中、延々と歩かされる2人はエレーシーに文句の一言でも付けたかったが、足早に前を歩くエレーシーの気概を前にすると何も言えなかった。
郊外へ出て、一本道を歩いていること約20分、やがて一軒家の灯りが見えた。
「2軒目はここで」
エレーシーは融けた雪で若干固くなった扉を開け、2人を店内に案内した。
「いらっしゃい」
店内は大衆食堂なみに広いが、ミュレス民族の団体が数組程、ぽつりぽつりと離れて息を潜めるように呑んでいた。賑やかな街の酒場とは全く正反対である。
「なんでここ、こんなに静かなの?」
ティナはこれまで見たことのない酒場の雰囲気に圧され、エレーシーに聞いてみた。
「皆、酔い潰れる程のお金も持ってないし、それに郊外の人はおとなしいからね」
エレーシーは静かに呑んでいる同族を尻目に、主人の元へ向かった。
「エレーシー、今日は大勢で来てるんだね」
「仕事仲間みたいなものだよ。ところで、2階空いてる?」
「2階? 空いてるけど、エレーシー、そんなお金あるの?」
エレーシーは服のポケットに手を入れ下目でちらっと中身を見ると、表情を若干曇らせた。
「紹介料ってことで、一つ……」
「仕方ないなあ。ま、エレーシーだし。どうぞ」
主人は小さなため息を一つ付きながらも、笑顔を絶やすことなく3人を2階に案内した。
2階に上がると、狭い廊下の両側に、沢山の扉が並んでいた。また、1階よりも更に人気が少なく、もはや廃墟と言われても仕方がない程だった。エレーシーは申し訳なく思いながらも、主人に渡された札の番号がついた扉を開けた。
中はやや大きめの丸い机と木で出来た環状の座席があるだけだった。エレーシーは手慣れた手つきで天井から吊るされたランプに火を灯すと、暗がりからメニュー表を取り出した。
「私に任せてね」
エレーシーはその中から一番安い酒と小料理を選ぶと、壁に張ってある紐を数回引っ張って主人を呼べ、注文した。
やがて注文した酒と料理が運ばれてくると、エレーシーは1階に降りようとする主人を捕まえた。
「今日、2階も静かだけど、誰もいないの?」
「えーと……今日は2階にはエレーシー達以外誰も通してないなあ」
「そうなんだ、頑張ってね」
二言三言、ちょこちょこと話を済ませ、主人を解放した。
「それじゃ、飲み直しって事で」
エレーシーの合図と共に3人は再びグラスを突き合わし、僅かばかり口にした。
「……いいお店、かな?」
「ここ、私の昔の同僚がやってるんだけどね。地元の人は結構来てるみたいだよ」
そう言いながらエレーシーはまた酒を口にした。他の二人は目を見合わせて浮かない顔をしている。
「今日は外が寒いから、あまり人が出歩いていないだけだよ」
「へぇ……」
二人は一軒目で既に話題を出し尽くしたのか、それともこの店の閑古鳥に引いてしまったのか、一軒目とは裏腹に黙り込んでしまった。
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