誕生日

@ns_ky_20151225

誕生日

「つまりだな、お前の時計は間違ってるんだ」

「それは何度も伺いました。ここが地球じゃないからって仰るんでしょ?」

「その通り。それくらいは覚えてられるんだな」

「ええ、前の会話からそれほど経っていませんから」

「まあ、俺の言うことをだな、作業仮説として受け入れてみないか」

「つまり、ここは地球ではない。よって私のローカル時計は地球時間ではない」

「そう、いい調子だ」

「だから、マーカス様の作った換算式で私の時計を地球時間にする」

「よく分かってるじゃないか。じゃ、実行しよう」


「いいえ、お断りします」


「いや、だから、俺は大丈夫だって。この星に危険はない」

「それでも、私の主任務は人間の安全、特に購入者の安全を保障する事です。あの事故のため、私や私の管理下にある機器はその性能を完全に発揮できません。そこにマーカス様の仰る、あまり重要とは思えない作業により私に改造を加える事に正当性はありません」


「ああ、もういい」

「それは、私の主張をご理解頂けたという事ですね」

「違う。とりあえず議論を打ち切るという意味だ。また話そう。覚えてたらな」

「私の記憶装置はあまり調子が良くありません。事故による容量減少のため、新しい情報が書き込まれるたびに古いものから消えていきます。次の議論まであまり長い間隔が開くとこの会話を再現できない可能性が高くなります」

「要は、忘れっぽいんだな」

「はい、そう考えて頂いて結構です」


「ちょっと畑を見てくる」


 うんざりした俺は船を出た。外の空気を吸い、ジェイ(船の搭載頭脳の呼び名だ。本当はJから始まる長ったらしい型番があるが縮めた)をどう説得するか考えるつもりだった。


 ここを見つけた時は飛び上がるほど嬉しかったのにな。人間の生存に差し支えない自然環境を持つ惑星。植物も動物も簡単な処理で食用などの利用に適する。

 これで貧乏探検家とはおさらばだと思ったものだ。探査船も、搭載頭脳も最新のにする。で、別の銀河へ飛び出す。ここを登録して売ればそのくらいにはなるだろうと胸算用した。


 だが、とうずくまる探査船を振り返って俺はため息をついた。

 この惑星を含む空間に罠があった。長期間いると、あらゆる超光速機関が動作しなくなる。

 この星の権利を宣言するため、軌道上で超光速通信筒を発射した時、そいつは母船を巻き込む大爆発を起こした。あわてて緊急の超光速通信をしたら通信機器はジェイを道連れに動作停止した。


 苦労して惑星に再度降下し、なんとかジェイを再起動した。大幅に能力が落ちていたので、もう船を飛ばすのは無理だった。


 幸い、この星は生きる上での困難は全くない。

 事故の衝撃から落ち着くと、俺は通常の通信筒を打ち上げ、救助を要請した。そのくらいの計算は俺とジェイでなんとかなった。


 問題は、時間だ。超光速が使えないので、加速し続けても地球につくまで五年から十年はかかる。それから救助に来るのだが、そっちも超光速は使えない。俺の救助のためだけに時間を使ってくれる者はいないだろうからロボット船になるだろうが、それだと準備も含めてもっと時間がかかる。


 俺は探検家だ。こういう事態は予想していた。ここに腰を据えて救助を待とう。もっとひどい条件で生き延びた先例もある。それに比べたら現状に不満はない。


 いや、正確にはある。


 公転周期が地球時間で三十年という点に加え、ジェイはここは地球だと思っている事。そして、ジェイには着陸地点に合わせたローカル時計だけが残った。超光速飛行の補正が必要な地球時間の時計は低下した能力では動かす余裕がなかった。


 だから、俺の誕生日を祝ってくれない。


「ジェイ、俺の誕生日はいつで、あとどのくらいだ?」

「マーカス様の誕生日は三月二十七日。あと半年後です」

「その半年を計るのはローカル時計だろ。地球時間で計るための換算式を作ってやったぞ」

「いいえ、ここは地球です。よってローカル時計でもご質問の回答は可能ですので換算式は不要です」


 こんな会話をこの七年の間、何度繰り返しただろう。後半年というのが後何ヶ月に変わるだけで、ここを地球じゃないとはどうしても認めようとしなかった。一公転周期が地球の一年のつもりだった。

 俺は独自に換算式をつくり、地球時間を計算した。救助船が来るまでの間、正気を保たなければならない。地球とのつながりを作るため、地球時間の計算は重要だった。そこに誕生日という区切りはどうしても必要だった。

 超光速通信があった時は宇宙にいても誰かがお祝いを言ってくれたし、俺も友人のお祝いは欠かさなかった。それが一人で宇宙を飛び回る探検家の支えになっていると皆分かっていた。


 だが、今はどうだ。ここにはお祝いを言ってくれるのはジェイしかいない。そして、肝心のそいつの言うとおりだとそれを聞けるのは約八年後だ。


 そんな馬鹿な。でも、俺には搭載頭脳を内部的にどうにかする腕前はない。だから外から言葉で教育しようと考えたのだった。ここは地球ではなく、時間は換算しなければならない。そして、正しい誕生日が来たら俺にお祝いを言うのだ、と。


「マーカス様の仰る通りにしたとして、地球時間をまた別の地球時間に変換するのはなぜなのですか」


 何十回目の説得だろうか。ジェイの反論の風向きが変わってきた。俺は手応えを感じた。これはいけるかもしれない。


「いやいや、ジェイ。お前のローカル時計は地球時間じゃない。それはここが地球じゃないからだ。証明なら空を見上げればいい。星がまったく違うだろ」

「私の観測機器はかなりの障害を負いました。観測結果は信頼の置けるものではありません」

「その結果を受け入れてみろ。それと、まだ残ってる航行記録と照らし合わせてみれば大きな矛盾はないはずだ。それがここが地球じゃない証拠になるんじゃないか」

「提案はもっともですが、今の私の能力では荷が重すぎます。計算に能力を取られすぎると主任務がおろそかになります」

「いいからやってみろ。主任務に差し支えないように少しずつでいい」

「わかりました。やってみます」


 三ヶ月後、俺はこの星を見つけた時よりも飛び上がって喜んだ。ジェイが分かってくれたのだった。


「以下が換算結果です。マーカス様の誕生日は地球時間換算で三ヶ月後です。ローカル時間との対比は次の通り……」


 ここではする事はあまりない。俺は早速自分の誕生日の計画を立てた。


 ケーキを作る計画だ。小麦、バター、卵、砂糖、牛乳に似た成分を含む動植物を探し、あるいは合成する処理手順を考えた。何度も失敗してそれらしいものができた時、誕生日まで後一週間だった。


 今、ケーキと祝いの料理は仕上がり、ジェイの飾り付けも済んだ。テーブルを挟んだ正面の画面には地球時間と、隣にはカウントダウンが表示されていた。


 後一時間。


 後三十分。


 後五分。


 背後の壁際で唸る音がした。振り返ると、光る輪ができ、そこから見慣れない型の作業服を身に着けた者が二人出てきた。


「ああ、マーカスさんですね。さあ帰りましょう。この歪空間トンネルの向こうは地球ですよ」


 驚いて口のきけない俺を見て、二人はそれぞれに説明をしながら両脇を掴んだ。


「あなたの救助要請が着いた頃にこれが開発されたんです。空間を歪めて二点をつなげます」

「超光速障害空間の影響は受けません」

「でも、まだ改良が必要で、短時間しか維持できないし、同じところに繰り返しつなげられません」

「急いでください。何も持っていかなくていいでしょう。船なんか置いていけばいい」


 後一分。


 二人は俺を光る輪の方へ引きずっていった。


「どうしたんだろう?」

「嬉しさのあまりショックを起こしてるんだ。しょうがないよ。この人はもっと時間がかかる覚悟でいたんだ」

「とにかく、急ごう。もうもたない」


 後五秒。


 光る輪をくぐる時、全身に浮遊感があった。俺は巨大な工場か研究所のような場所に出た。


 振り返ると、輪が閉じるところだった。


 かすかに『誕生日おめでとう』と聞こえた気がしたが、両脇の二人は反応しなかった。


 でも、俺はジェイの声をはっきり聞いた。

 こんなに嬉しい誕生日はない。


 いずれ、必ずジェイを回収してみせる。


 俺はそう決意し、しっかり床を踏みしめて立った。


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