第7話 リボルト#18 ようこそ新世界へ Part5 食事会の前に
「待ちなさーーーーい!!!」
突如どこからともなく響いた甲高い声を耳にした俺たちは、無意識に足を止める。
トーンこそ高かったが、それでも俺には男の声だと分かる。そして声がした方向に振り向くと、そこには細長い男がいた。
彼は目を細めながら、俺たちを睨み付けている。あれは明らかに敵意を剥き出しているような目付きだ。
どうやら俺たちを呼び止めたのは、こいつに違いないようだな。
「あーあ、また厄介なのが来たわ……」
ジェイミー姫も手を額の上に乗せて、困った表情を浮かべる。
「誰ですか、その男は?」
「プロット・コンスパイアシー、この国の法務大臣です。まあ、あのヒステリーな性格はいつものことですけどね」
大臣か……俺がたくさんのゲームをプレイしてきた経験によると、大臣は大体国を裏切るイメージが多いんだよな。この法務大臣も、見た目からするとあんまりいい奴じゃなさそうだし。
「姫様、一体何をなさるおつもりですか! 奴らに堂々と銃器を持ち歩かせるなんて! しかも宮殿の中ですぞ!」
法務大臣がジェイミー姫に近寄ると、血相を変えて凄まじい勢いで唾を飛ばしながら、彼女に怒鳴り付ける。
そのみっともない姿を見ていると、俺はこいつがただのゴロツキにしか見えなかった。
「ちょっとプロット、声が大きすぎるわよ! お客さんの前でもう少し口を慎みなさい!」
どうやらジェイミー姫も、俺と同じことを考えているようだ。
「そうさせないのが姫様なのですよ! 姫ともあろうものが、そんな軽はずみな行動をするとはナンセンスですよ!」
しかし法務大臣はジェイミー姫の一喝に動じることなく、依然として怒鳴り続けている。そして、今度は俺たちに向き直る。
「お前達、何様のつもりかね!? 堂々と宮殿の中に銃器を持ち込むとは、虐殺ショーでも始める気か!」
「ちょっとプロット! いくら何でもそれは失礼すぎるでしょう!」
いきなり俺たちを殺人犯扱いする法務大臣に、さすがにジェイミー姫も冷静さを無くし、声も荒くなる。
「失礼なのは、姫様の客人の方ではありませんか! いずれにしても、このまま宮殿に入ることは許せませんぞ! 衛兵、さっさとセキュリティチェックをするのだ!」
「はっ!」
待ってましたと言わんばかりに、衛兵たちはすぐさま体を動かして俺たちを囲み込む。
「今からセキュリティチェックを行う! 大人しくしてもらうぞ!」
衛兵たちは慣れた手付きで槍を突き出すと、大声で俺たちを威嚇する。為す術もなく、俺たちは衛兵の命令に従うしかなかった。
「銃器多数発見! そこのお前、今すぐその銃器を外せ!」
「クッ……どうやら話せば分かるような連中じゃなさそうだな。仕方ない、持って行くがいい」
一番多くの銃を装備している拓磨は首を横に振りながら、渋々と身に付けている銃をゆっくりと地面に置く。
「拓磨、お前……! いいのかよ?」
そんな拓磨を見て心配しているのか、正人は焦った表情を浮かべる。
「大丈夫だ。サバイバルナイフがあれば何とかなるだろう」
拓磨は銀色に輝く二本のナイフを振り回し、余裕を見せる。さすがはエリート、どんな時でも落ち着いてるな。
しかしさっきの一件で、百華も衛兵たちに目を付けられている。どうしたものか……
「車椅子に乗っている、そこのお前!」
「ワ、ワタクシでございますか?」
「ああ、そうだ! お前のその車椅子から、銃器らしきものを発見した! よってそれを没収させてもらう!」
そういうと、衛兵は百華の車椅子を奪い取ろうとする。もちろん友美佳はそれを見過ごすわけがなく、百華と衛兵の間に割り込んだ。
「ちょっと待ちなさいよ! 百華は足が不自由だというのに、車椅子を奪ったら歩けなくなるでしょう!」
「しかしその車椅子から銃器が発見した! 安全確保のため、それを持ち込ませるわけにはいかんのだ!」
あーあ、このままじゃ埒が明かないな。どうやら聡にバルカンを外してもらうしか方法はなさそうだな……
「ここは私に任せて!」
「ひ、姫様……!?」
どうやらジェイミー姫は、何やらアイデアを思い付いたようだ。彼女は手のひらを開いて、百華にかざそうとしている。一体何のつもりだ……?
「アロフト!」
ジェイミー姫は呪文らしき言葉を口にすると、驚くことに彼女の手のひらから緑色の魔法陣が出現する。そして次の瞬間に百華の体は緑色の光に包まれて、なんと宙に浮いた!
「す、すっげー! なんなんだよ今のは!?」
この現実では起こり得ないような光景を目にした聡は、驚きの声を上げる。
「現実の理では説明できぬ、幻のような奇術……はっ、これはもしや魔法なんじゃないのか!?」
宵夜は目を見開くと、自分の推測を口にする。数多くのアニメ作品を鑑賞してきた彼女には見慣れた光景かもしれないが、やはり実際に目にした時の衝撃は強かったんだろう。
「そうか、魔法なのか! オレたちはまさに、ゲームの世界にいるみたいだぜ! ひゅー!」
テンションが高まった聡は、喜びのあまりに謎のダンスを披露し始めた。きっとゲーム好きの聡には、ゲームの世界に入れることが憧れに違いないだろう。
だがこの妙にリアルな感じは、どう考えてもゲームじゃないはずだ。この世界に惑わされて、
「ふんっ、調子に乗りすぎだ、聡。ゲーム感覚でこの世界で暮らそうとすると、いつか必ず足を掬われるぞ」
「なんだとー! ふんっ、オレはぜってーたくさん経験値を積んで積んで積みまくって、おまえより高いレベルになってやるからなっ!」
これから宮殿の中で食事会が開かれるというのに、何の緊張感もなくいつものように口喧嘩をする広多と聡。まずいな、変な目で見られてないといいけど……
「すみません、この二人はいつもこんな感じで……お騒がせしました」
少しでも悪い印象を払拭しようと、俺は真っ先に謝る。
「まったくですぞ! 宮殿の前でこのようなことをするなど、失礼極まりな……」
「プロット!」
案の定、法務大臣は高圧的な態度を取るが、ジェイミー姫に窘められる。
「ご……ゴホン! それでは、この車椅子は押収させて頂きますぞ!」
「ダメよ、そこに置きなさい。あの子は足が不自由なんだから、それを奪ったら可哀想でしょう?」
「何とおっしゃいますか、姫様! これは銃器ですぞ! 奴らがこれを利用して、王族の人間を暗殺するかもしれませんぞ!」
「あのね、誰も乗っていなかったら、いくら暗殺したくてもさすがに無理なんでしょう? それに……」
「それに?」
「その一々なんでも疑うような癖、少し直したほうがいいわよ。男なのに情けないと思わない?」
「なっ……! 私は、姫様が危ない目に遭わないために考えたのですぞ! 少しはこちらの気持ちを察してください!」
「はいはい、分かったわ。ほら、みんなを待たせちゃ悪いし、さっさと中に入りましょう」
これ以上無駄話をしたがらないのか、ジェイミー姫は宮殿の中に前進し、百華に向き直る。
「それではミス・モモカ、食卓までご案内しますので、どうか少し我慢してくださいね」
「は、はい……お願いします」
こうして百華は宙に浮かんだままで、ジェイミー姫の魔法で運ばれていく。
近くにいる友美佳は百華のことを心配して、いつ落ちても受け止められるよう彼女に付き添う。
「さて、俺たちも入るとするか……ん?」
俺はみんなに呼び掛けようと後ろを振り向いたが、そこにはがっくりと首を垂れる菜摘がいた。
「ううう……」
「どうしたんだ、菜摘? そんなに落ち込んで」
「私……私の『トラップディスク』がぁ……せっかく小春さんが作ってくれたのにぃ……」
よく見ると、菜摘の腕に付けていたはずの金色の円盤がない。どうやらさっきのセキュリティチェックで衛兵に没収されたらしい。
「まあまあ、そんなに落ち込まないでください、菜摘さん。よく言うじゃありませんか、『郷に入って郷に従え』って」
「そ、それはそうだけど……」
小春は菜摘に元気を出させようと慰めているが、やはり大事なものを奪われたショックで、そう簡単に立ち直れるわけがない。
「今は考えても仕方ないだろう。こんなことでクヨクヨするより、おいしいご飯が食べられると思って喜んだほうがいいんじゃないか?」
「あっ、確かにそうだね! 何かおいしいデザートはないかな~♪」
そう言うと菜摘はウサギのようにぴょんぴょんと跳ねながら、宮殿の中に入っていく。
「さすが秀和さん、女性への扱いに慣れていますね」
「いやいや、菜摘との付き合いが長いだけだぜ。さすがに見知らない女性には、どう対応していいか分からないからな」
小春の褒め言葉に、俺は謙遜する。あまり調子に乗ると、千恵子に誤解されかねないからな。
「秀和君」
「ど、どうした、千恵子!?」
おっと、噂をすれば何とやらだ。大事な人に名前を呼ばれ、俺は慌ただしく振り向く。
「ねえ、話があるの。ちょっとこっちに来て」
「お、おう」
俺は千恵子に手を引かれたまま、人気のない場所に連れて行かれた。
「話って一体なんだ? わざわざこんなところまで連れ出して」
「一つ、確かめておきたいことがあるの」
「何だ? 言ってみてくれ」
「さっき、あの騎士さんに食事を誘われた時、秀和君は明らかに怒っていたわよね?」
何の前触れもなく、千恵子の口からこの話題が飛び出てくる。藪から棒って感じはするが、ここはツッコまないでおこう。
「ああ、あのことか。そりゃ、いきなり知らない男が自分の彼女にあんな風に馴れ馴れしく喋ったら、誰でも怒るだろう」
「そう……なのね」
俺の答えを聞いた千恵子は、急に俯いて、モジモジと両手の人差し指を突き合わせる。その頬も、明らかにいつもより赤くなっている。
「どうしたんだ、千恵子? さっきから様子が変だぞ」
「ご、ごめんなさい! 秀和君にそこまで愛されていると思うと、ついドキドキしてしまったわ……」
普段の凛々しさがなく、愛らしく慌てるその姿は、正に恋する乙女そのものだ。
思い返せば、俺が他の女の子と少しでも仲がよさそうな素振りを見せると、千恵子はすぐ怒ってしまうし、時には手を上げる時もあった。
最初は過激だと思ってはいたが、よく考えるとあれも愛情表現の一つかもしれない。
「俺だって、千恵子に色々よくしてもらってるじゃないか。それに、他の女子と仲良さそうにしてると、千恵子はすぐヤキモチするし。さっきのビンタのおかげで、今にも頬がヒリヒリするぜ」
顔の痛みを思い出した俺は、思わず自分の痛いところを揉みほぐす。
「ご、ごめんなさい! 痛かったかしら?」
俺の様子を心配し、千恵子はすぐに俺の側に駆け寄ってくる。
「いや、千恵子が俺に対する愛がこれほど強いと思うと、大したことじゃないさ」
負い目を感じさせないよう、俺は余裕そうに軽口を叩く。
「いいえ、私が秀和君を傷付けたのもまた事実だわ。よく考えてみると、秀和君が他の女の子と付き合っているわけでもないのに、ついかっとなってこんな酷いことをするなんて……全然私らしくないわ」
おっ、千恵子もちゃんと反省しているようだな。まあ彼女のような聡明な人なら、これぐらいのことは分かっているはずだろうな。
「気にするな。誰だってミスはするものさ」
「ええ、そうね。でも今度このようなことがまた起きたら、もう二度と手を上げないと誓うわ」
「ああ、その方がいいな」
ふう、どうやらこれ以上千恵子からビンタを喰らわずに済みそうだな。これで一安心だぜ。
「ほら、言ったでしょう? 受け止めたほうが必ずいいことがあるって」
またしても、ディープマインドが俺の脳内で話しかけてくる。そのイタズラっぽい笑顔は、どことなく涼華に似ている。
「いや、そこまでは言ってないだろう」
千恵子にバレないためにも、俺は口を動かさずにテレパシーで返事する。
「うん? どうしたの、秀和君?」
「いや、何でもない。って、みんなを待たせてるんだったな」
「あら、そうだわ。それじゃ、早く行きましょう」
「ああ、そうだな」
これ以上みんなを待たせるわけにはいかないと思い、俺と千恵子は急いで宮殿の正門に戻る。
「そう言えば、千恵子の装備は没収されてないな」
「ええ、幸い私の武器は刀なので、剣を扱うこの国の住人には警戒されていないみたいね」
「そうか、そいつはよかった」
「秀和君の銃は大丈夫だったの?」
「俺の銃はバッジを時計に装置しないと現れないからな、まだバレてないみたいで助かったぜ。そうだ、念のためポケット・パートナーの電源も消しておかないとな」
そう言うと、俺は衛兵たちにバレないよう、こっそりとポケットに忍ばせておいたポケット・パートナーを取り出す。
「そうね、ユーシアさんも没収されるわけにはいかないわね。大切な仲間なんだし」
千恵子も頷いて、俺の意見に同意する。だがしかし、予想外のことに邪魔が入ってしまう。
「おっ、秀和、今の聞いてたぜ! おーい衛兵さん、こいつ持っちゃいけないものを……」
突如、直己は俺と千恵子の後ろから姿を現しやがった。そしてこいつは何故かいきなりバカ正直に、俺がポケット・パートナーを隠し持っていることをバラそうとしやがる!
「お前は黙ってろ!」
焦りのあまりに、俺は直己に膝蹴りを喰らわす。少々乱暴だが、この際は手段を考える余裕はない。
「ぐわは!?」
この一撃はかなり有効のようで、直己は瞬く間に気絶した。
「むっ!? どうした?」
直己の声でこっちに駆け付けてきた衛兵たちは、威圧感のある眼差しで俺たちを睨み付ける。
「いや~、こいつ変なもん喰っておかしくなっちまってさ、ちょっと大人しくさせただけですよ。さあさあ、中に入ろうぜ、千恵子」
「あっ、はい」
俺は気絶した直己を背負って、そそくさと宮殿に入る。千恵子もすぐ俺の後を追う。
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【雑談タイム】
直己「うぐあ……ま、また殴られた……なんでおれはいっつもこんなひどい目にあうんだ……」
秀和「お前がいつも空気を読まないからだろうが」
直己「いや、そんなはずはないね! おれがちょっとイケメンだからって、嫉妬するのはよくないぞ、秀和!」
秀和「じゃあ教えてくれよ。なんでイケメンなお前が、面喰いの美穂を惚れさせられなかったんだ?」
直己「うぐあ! ひ、人の痛いところを突きやがって……!」
秀和「お前が自爆するからだろう」
直己「くそっ、ハーレムを作ることがおれの夢だというのに、なんでおれの側に美少女が誰ひとりも寄って来なくて、秀和にはかわいい女の子がたくさん……! 不公平だっ!」
秀和「残念だったな、どうやら俺の方が魅力が高かったみてえだ」
直己「くっそー! くやしー!」
秀和「だったらもっと空気を読んで行動することだな」
直己「ああ、そうするよ……あっ、そこのかわいこちゃん! スカートがズレてパンツが見えそうだ! どれ、おれが直して……あいたっ!」
秀和「あいつ、本当に分かってんのかよ……」
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