おめでとう。お主は魔王城に一番乗りした勇者だ

椎名富比路@ツクールゲーム原案コン大賞

おめでとう。まあお茶でもどうぞ

「お邪魔するわよー」

 ポニーテールの少女が、我が領域に足を踏み入れた。



 ようやく、吾輩の魔王城に初めての勇者が来た。

 この日をどれだけ待ちわびたか。

 


「アンタが魔王? あたしと同い年の女子にしか見えないんだけど」

 

「いかにも! よくぞ吾輩の支配する城にやってきたな勇者よ。まあお茶でも」

 指を鳴らして、スケルトンを呼び寄せた。

 お茶とモンブランを持ってこさせる。

 

「いや飲まないでしょ」

「やはり警戒心が強いな。毒など入っていない。せっかく来た客人をだまし討ちなど、魔王の風上にも置けぬ。それにこれ、早く飲まないと痛むんで飲んで欲しい」


 今まで多くの魔王が挫折して、せっかくのお茶セットを結構腐らせた。

 

「そこまでいうなら」

 勇者はお茶をすする。

「うん。これはおいしいわ」

「だろ? やっぱ新鮮なの取り寄せてよかったー」

 吾輩は玉座から立ち上がって勇者の前であぐらをかいた。

 

「急にくだけたわね」

「吾輩は本来、こういうキャラよ」

 玉座を背もたれ代わりにして、吾輩は伸びをする。


「まあまあ、今回はおめでとう」

 吾輩は、自分の分のモンブランを一口で食べきった。

 勇者が来るまで甘い物断ちしていたから美味い!

 

「ありがと」

 勇者の方も、遠慮がちにモンブランへフォークを突き刺す。


「あなた、何を泣いてるの?」


「ああ、これね」

 吾輩はハンカチで顔を拭く。

「勇者が全然来てくれなくて」


 事情はこうである。吾輩が世界支配を宣言していこう、吾輩を攻略しようと勇者が続々とこの城を目指した。

 なのに、みんな脱落してしまう。


 かれこれ三年になるかな。いまだ魔王城完全制覇者は現れていない。


「どこが一番ヤバかった?」


「四天王の二人目ね。いやらしい攻撃判定だったわ」


「やっぱあのサキュバスのせいか!」

 吾輩はヒザを叩いて、勇者を指さす。

「あいつ無敵時間長すぎね? 吾輩もさー。あいつの無敵時間長いなーシビアだわーってずっと思ってたのよ! あいつのせいでさ、挫折する勇者多くって」


 あの女が、吾輩の後がまを狙っていると風の噂に聞いた。

 人望がないから、彼女が魔王になることはないだろう。

 第一、無敵時間が長すぎる。剣も当たらねーわ魔法抵抗率も高いわで心を折ってくる。


 あとの四天王は力強いだけだから、比較的楽である。


「お主、他の仲間はどうした?」


「ああ、あいつら、サキュバスに骨抜きにされちゃって。置いてきた」

「ふぅむ。難儀だなぁあいつ」


「いいのよ。どうせ金で雇われてあたしについてきた強突く張りだらけだし」

「そうなのか?」

「ええ。本当の友達なんて、あたしにはいなかった。みんなあたしが英雄だから、ついてきたり援助してくれただけ。誰も、本当のあたしと向き合おうとしなかったわ」


 まるで、自分のことを言われているみたいだった。


 同年代の友達などいない。同士だって。

 いなくてもいいと思っていた。


 なのに、どうしてだろう。

 勇者を見ていると、胸騒ぎがしてしょうがない。 

 

「とにかく、いよいよ完全制覇が目の前にいるんだけど、自信の程は?」

「世界が平和になれば、この命を失っても惜しくはないかしらね」

「そうか。ならば、これも使命。かかってくるがいい」


 吾輩は渋々、勇者と向き合った。

 勇者の方も、しょうがないなーと言った表情で、剣を抜いた。


 突然、城の壁が崩れた。


「魔王! あんたの時代は終わりよ!」


 壁を突き破って登場したのは、四天王の二人目だ。

 

「貴様はサキュバス!?」

「アンタは倒したはずよ?」


 サキュバスは、高笑いを始める。

「私をその辺のザコと一緒にしないでよね! 勇者如きに私の『そそり立つ壁』を突破できて?」


 厄介なヤツが残った。

 吾輩は実戦経験などまるでない。勝てるのか?

 それに、勇者は激闘を制してすぐの状態。戦えるのか?


 魅了された大勢の人間たちが、サキュバスの周りを取り囲んでいる。

 

 勝ったからどうなる? また同じことの繰り返し。

 こいつに勝手も、勇者と戦う結果は変わらない。


 だったら。

 

 サキュバスが、人間大のハートを形成し、全身を覆い尽くす。

「これで私は無敵! 覚悟なさい!」


「待てサキュバス。吾輩に戦う意思はない」


「なんですって?」


「お前は今日より、魔王を名乗るが良い」


 吾輩は、自分のエネルギー全てを解放する。


「これが魔王の力。素晴らしいわ!」

 サキュバスはご満悦だ。


 それと、サキュバスに自分の領土を明け渡した。

「大盤振る舞いね魔王。ようやく私とあなたの実力差が理解できたの――」


 

「お前をこの領土内に縛り付けた。お前はもう、この地からは出られない。誰もお前に近づかないし、近づけない」



 それが魔王の力を持つ者の代償だ。

 強大な主税を持っているが故に、魔王は一切の自由がない。

 神々の影響を受けて、世界から隔離されているのだ。

 そんな力を会得すれば、たちまち土地に縛られる。


 吾輩はもう何百年も、この地に縛られ続けてきた。


 それを知らぬサキュバスではなかったろうに。

  

「ちょっと待ちなさいよ。私の食事はどうなるのよ!」

「その辺に転がっているではないか」


 用立ては、人間たちに命じればいい。彼らは領土から出られるから。

 もっとも、魅了の術は領土を抜けると溶けてしまうが。


 詰みだ。完全に。


 泣き叫んで助けを請うサキュバスを放っておき、吾輩は城を後にした。


 

「これで、吾輩とお主の縁は切れてしまった。その辺の街で別れるとしよう」

「え? いいじゃん。二人でずっと冒険をしましょ」


 何を言っているのだ、この女は?

 

「ねえ魔王、あたしとお友達になってよ」


澄んだ瞳を向けられる。

 

「いや、かな?」

「とんでもない。戸惑っているだけだ」


「じゃあOKってことじゃん」

「う、うむ」


 まあ、人として余生を過ごすのも、悪くないか。


「おめでとう。あなたはあたしの最初の友達よ」


「それは、名誉なことだな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

おめでとう。お主は魔王城に一番乗りした勇者だ 椎名富比路@ツクールゲーム原案コン大賞 @meshitero2

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ