回想-5

~回想-5~


 レストランの終業直後、執務室への同行を求める御大の声に呼び止められた。背後には兄貴分を伴っている所を見ると重要な案件らしい。厨房の片付けを周囲の面々に指示して二人の後を追う。因みに厨房の面々との力関係は幾度か拳を交わす内に完全に逆転していた。生傷を拵える度に父親の自覚とは何たるかを説く彼女は更に上位に居る訳だが。


 ドアを開き手招きする御大に続いて入室する。個人の執務室と言えば聞こえは良いが、実際は然程の物でもない。客に宛がう部屋の半分も無い程度の広さ、中央より奥に置かれた執務机はホテルの景観を損なわぬ程度には年季の行った品物の様ではある。しかしその周囲に目を遣れば、決算書類の束や空いた酒瓶、堆く積み上がった湿気煙に因って見事に彩られている。御世辞にも準幹部の居室とは思えない散らかし様だった。


 「座る場所くらい有ろうが」

 私の辟易に気付いた御大が背中を小突き着席を促す。兄貴分はと言えば足元の諸々を意に介さず床面同様に散らかったソファーに適当な居場所を作り腰掛けた。


 「…このままで構いません」

 不満気に鼻を鳴らした御大は「長くなるからな」と呟きを添えて自身の椅子に腰掛けた。


 ~回想4-2~


 腰のベルトに挟んだデリンジャーの存在を思い出すと共に御大との遣り取りが脳裏を掠めた。抗争の激化、街を離れる事を打診されたが彼女は産後の肥立ちが悪く動かす事に不安が有った。


 それならば最低限の身の守りをしろと兄貴分から渡された銃は「肌身離すな」と言う指示を忠実に守った結果今此処に有る。


 声を発さずに彼女の胸元に彼を差し出した。丁寧に、しかし厳重に受け止めた彼女が力強く頷くのを認めるやに階段と逆方向に歩を進めた。

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