31-3-2

~31-3-2~


 「抑の話、人質に取られてる連中が未だ生かされてる保証はどうなんだ」

 壁面をハンマーで叩く重労働から逃げ出して来た店主がミネラルウォーターのボトルを片手に問うてきた。


 「…連中の前で言うなよ、其れ」

 恐らく反感を買うどころの話ではない。


 「話を聞いた印象でしかないが、恐らく相手は正面切って殲滅する程の兵隊が足りていない」

 そうでなければ主導権を取らんとする動きが緩慢に過ぎる。向こうの事情など知った事ではないが、指揮する人間が冷遇されているのかも知れない。


 「だから交渉の余地に人質を残してるってか?随分楽観だな」

 此奴にとっては最早他人事に過ぎない以上仕方ない態度ではあるがこれ以上気を削ぐ心算なら帰れと怒鳴り付けてやりたい。まぁ此処は此奴の店なのだが。


 「まぁどちらであっても道案内には関係ない話ですからね」

 一頻り泣き腫らし取り敢えず不服を飲み込んだらしい彼が会話に割って入る。此れで鼻声でなければ格好も付いたのだろうが。


 「道案内が必要かどうかすら疑わしいしな、連中もプロなら事務所の見取図くらい頭に入ってんだろ」

 漸く店主の並べた言葉の意図に気付く。要は早々に逃げを打つべきだと忠告している心算らしい。義父殿の安否に拘泥する私と異なり二人は徹底して現実主義を貫くらしい。賢しいな、或いは私が稚拙なだけか。


 「俺は連中から立ち退き料だけ頂いたら直ぐさま奴と坊や連れて街を出るからな」

 店主の言葉に彼が顔を上げる。


 「…聞いてません」

 憤りや悲愴とも異なる、縋る様な視線。「そこまでするのですか」と、ある種失意を感じさせる視線が今日一番の鋭利さで心に刺さる。


 「…郊外で待ってて貰う、後で落ち合おう」

 言うだけ言って席を立つ店主の背中を睨む事も許されず覚悟を決めて彼と視線を交わす。意図せず眉間に皺が寄る。相乗するように哀愁を増した彼の表情に胸元の辺りが抉られた様な感触を覚えた。こんな折りに紡がれる言葉は視線とどっこいの効用を持つことを付き合いの中で学んでいた。


 「…連れて行って」

 ほれ見た事か、最後には折れると知れているのは惚れた弱みか。

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