回想-2

 回想-2


 「…どう言う心算なんだ、もう半年だぞ」

 コレクションを磨く手を休めた店主が此方に視線を向ける。


 「何がだ?ツケならこの前払ったぞ」

 呆けるには早いんじゃないかと目線を合わせずに答えた私は指先をワイングラスに注がれたミネラルウォーターに付けるとグラスハープの要領で縁を擦る。ガラスの振動する澄んだ音が相変わらず客の居ない店内に響いた。只の手慰みだが存外に楽しい。


 「惚けようってんならはっきり言ってやる、例の餓鬼の話だ」

 ワイングラスの傍らに掌を突き乗り出さんばかりの勢いで詰め寄ってくる。


 「“何の気紛れか同情なのかは知らんが止めておけ”と再三警告したな、そしたらお前何て答えた」

 グラスが揺れた拍子に指先に溜まった雫が滴り落ち音が止んでしまった、再度指先を浸しながら答える。


 「“長く手元に置く気は無ぇよ?”」

 遂には胸ぐらを掴まれた、変な所で短気を見せるのだから敵わない。


 「それがもう半年経つと言ってるんだ、言い訳が有るなら言ってみろ」

 所作の粗暴さに反して詰問の声は低い。どうも苛立ちの程度が度を越したらしい。掴まれた勢いでグラスが倒れる。溢れた中身がズボンに落ち不快感を生むが手を払う気にはならない。


 「半年を長いと感じるのはそっちの感覚だろ?其れを押し付けられても困る」

 此方に抗う意志が無いことを察した店主は突き放すように手を離した。衝撃で椅子から落ちそうになるのを何とか踏みとどまる。


 「なら納得いくだけの説明をしろ、態々面倒を抱え込んだ訳を」

 私の態度に呼応するように脱力した様子の店主は後ろ手に安楽椅子の場所を探りその所在を確かめるとゆっくりと腰かけた。


 憤慨する理由も、分からないではない。或いは一種の義憤に近いのだろうかとも思えた。この十年捨て鉢に身体を投げ売って荒事を生業にしていた嘗ての弟分が目を見張る大枚で片端の少年を身請けしたなどと人伝に聞かされては混乱するのも無理からぬことだろう。

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