23-6
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老紳士に応える様子は見られない。口唇の枷と成っている物には確かすぎる程に心当たりがあった。
「…そうまで、私の行いを許せないと?」
瞳に浮かぶ脱力の色が一瞬の内に嶮岨な其れに変わった。
「自覚が無いとしたら相当のものだよ、君」
最早我慢はならなかった。
「人の気も知らずに!良くもそれだけ一方的に責められたもんだ!」
今度こそは胸倉を掴み上げ叫ぶ。一瞬面食らう老紳士で在ったが、直ぐに顔色を取り戻し鋭い視線を飛ばしてくる。何事か口にせんとするのを遮って捲し立てる様に叫び続けた。
「彼女を想わない日は無かった!其れでしか心を保つ術を考え付けやしなかった!」
今でさえその姿は瞼の裏にありありと焼き付いている。10年は、思慕を絶やすに足る時間としては不十分に過ぎる。
「そんな俺が、あの子を慈しみ育てる事に何の不道徳が有るってんだ!たった一人残ったあの子に、心を捧げて、何がいけないって言うんですか…」
老紳士が目を見開く、どうやら思い至ったと見える。
「…あれは、俺たちの子です」
回想-1
「可愛い子…お父様を御願いね…」
右腕に抱き止めていた“彼女”は、左腕に抱えられた“彼”に手を伸ばす。母親がその額を軽く撫でると、赤子は擽ったげに憤った。先程までの嘲笑とは明らかに異なる穏やかな笑みを浮かべた彼女の体は不意に、しかし確かに満足したように脱力する。
その体を再び抱き締め別れの余韻を味わうことすら赦されない。既にその命より大切なものを託されてしまった。彼女にそっと口付けた私は立ち上がると見当たらない出口を求め駆け出した。
室内に充満した煙の軌道に沿って走っていると視界の端に格子窓が見える、その先には屋外の宵闇も捉えることが出来た。
ほっと息を吐く間も無く先程よりも勢い良く駆け出す。最早限界を迎えた家屋の建材が炎を纏いながら押し寄せてくる
何かが背中にぶつかり冷たい程の熱を伴った激痛を与えてくる、構わない。背中に炎が燃え移ったらしい、構わない。眼前に迫った格子窓を突き破る。その直後、数秒の浮遊感が全身を襲い意識がぷっつりと途切れた。
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