19-7

~19-7~


 『其方から連絡をくれたと言うことは、腹は決まったのだろうね』

 電話口から聞こえる老紳士の声には自身も覚悟を決めたような情感が聞き取れた。身内相手にももう少し腹芸を用いるべきだと具申すべきなのだろうか。


 「えぇ、御言葉に甘えて尻尾を巻かせて頂きます」

 一度そうと決めてからは最早晴れやかとすら言える心持ちだった。無論彼を傷付けた者共への憎しみは薄れようも無いのだが、それでも互いの身を重んじた結論に後悔は無い。


 『此方も出来る限りに支援しよう、打ち合わせも兼ねて今夜にでも落ち合いたいが構わないね?』

 承諾の意を告げる私に対し老紳士が言葉を続ける。


 『それにしても早い決断だ、昨夜の今日で朝一番に連絡が来たものだからつい身構えてしまったのだが杞憂だったね』

 余程返答の次第を憂慮していたらしい、安心したように息を漏らすのが聞こえる程だ。


 「即断即決、と言う程ではありませんよ、夜通し話し合って結論が出たのが今しがたで」

 どちらかと言えば今後の動きを彼に言い含めるのに費やした時間の方が長かったようにも思えたが、其れを説明するのも蛇足だろう。


 『ともあれ決行は早いに越した事はない、此方で場所を用意した方が良いかい?』

 持ち掛けられた私は少し悩んだ末セーフハウスの一つを合流場所に指定した。


 「彼は今の居場所に待たせておきます、準備が完了するまでは同行させる方が危険だ」

 道中は人目を避けて通る心算ではあるが事此処まで至り不用意にリスクを負う事は避けたい。


 『其れが良いだろう、大丈夫、迎えに行く時間は充分に有るだろう』

 安心させるように穏やかな口調で語り掛ける老紳士に宜しくと伝えて通話を切る。前のめりに腰掛けていたソファの背凭れに身体を預けた私は傍らに腰掛ける彼に向き直し口を開く。


 「さぁ、愛の逃避行の始まりだ」

 見上げてくる彼の表情は明るい。


 「迎えは御早めに、何時までも待ち惚けは御免です」

 「努力するさ」

 せめて賽の目が出る迄は足掻きたいのが人情だろう。簡単に身支度を済ませた私は彼への挨拶もそこそこに教会を出た。


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