19-4
~19-4~
「まさか運転手だけの空箱を三台も提げて来られるとは思いませんでしたよ」
前席に向かって声を掛ける、腰掛けているのは言わずもがな老紳士だった。
「土壇場の賭けには強い方でね、今日まで生き延びて居るのもそんな所なんだろう」
返された言葉の軽さに対比して険しさを纏った声に此方も軽口で返して良いものか逡巡する。確かに賭けに違いなかった。老紳士を入れても四名の援軍が数を倍するに近い手練れ相手に状況を瓦解出来たかは怪しいものだ。減らされた手勢の、許容出来る限界を割いてまで助けの手を差し伸べる御人好し加減ももう嗤えない。
「向こうが居座ればどうする心算だったんで?」
慎重に言葉を選ばんとしていた私を後目に店主が口を挟んだ。此奴は見捨てられたとして文句の言えない状況を作った自覚が有るのだろうか。
「見くびられては困るね」
蛇の潜む藪だったらしい、社内の空気が明らかに変わる。此れだけの威容を持ちながら幹部連に選出されない出自の不遇が哀れにも思えた。ともあれこの先の言葉選びは一層の慎重を期すようだ。バックミラーに映らない様に気を払いつつ肘先で店主を小突いた。
「長い付き合いの君達も、この十年で私が穏やかな好々爺に成ったと思って居るのだろうが」
言葉を切り息を吐く老紳士、対する此方は息苦しく生唾を飲むのも躊躇ってしまう。
「子を二人も取られて冷静で居られる様な呆け老人にまで成り下がった訳ではないのでね」
そう、元来こう言う人だったのだ。常は穏やかな笑みを浮かべ、悲哀苦悩にも正直に表情を変える人間が怒りに対してだけ無感動で居られる筈もない。
「しかし今日彼奴等と遭遇したのは全くの偶然でね、怒りの遣り処はまたの機会に見付けるとしよう」
身動ぎも出来ない二人を見兼ねてか戯けた調子で語る老紳士に漸く呼吸の許可を得た私達は深く息を吐いた。
「当初は君達の会合に便乗する予定だったのが出遅れてしまってね、まぁ結果として車で追い掛けた事が良い方に働いた訳だが」
思わず店主を振り替える。当人はと言えば何が悪いと言わんばかりの顔だ。
「教えて自身に損がない情報なら売るのが俺の商売だ、承知の上で使ってるんだろうが」
その背信によって救われたとなればぐうの音も出ず、本革張りの座席に憤然と腰掛けるより他は無かった。
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