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~17-7~
その日のランチ、ディナー共に我ながら如才なく熟した私を帰り際に御大が呼び止めた。
「明日からも頼むぞ、酒選びは今後急場の代役で使う」
要は明日から正式に厨房に立てと言うことなのだろう。御機嫌は既に取り戻していた様だが元来が寡黙な人だった為に深意は量り兼ねた。給金の話なども特に聞いては居なかったが、野暮は言うまいと素直に頷いて帰路に着くべく控え室へと向かった。別段金回りの悪い店ではないのだし、悪い様には成るまいと言う楽観が有った。
高々売春宿で其れなりの厨房が有る事は疑問に思うだろうが、実際にして私の勤め先は表向き一般のホテルと変わらず営業していたのだ。この街には文化・景観保護の政策の一環で保全管理を行う代わりに安く賃貸された歴史ある家屋建築物の類いが点在している。
我々の根城が正に其の一つ、国から借り受けた物件を宿泊施設として営業する許可を得た物だった。古き良き木造建築の有り様を目的に、或いは供される料理を目的に訪れる観光客は少なからぬ収益の一助となっていた以上虚構で在っても体裁は保つ必要が有ったのだ。
とは言え、蓋を開けてみれば観光客よりも本来の事業を目当てに尋ねる地元民が客層の過半を占めていた訳だが。常連と称される彼等は防音の施されたスウィートに宿泊し、更には専属のホテルメイドが奉仕役として宛がわれると言う仕組みだ。
~16-6~
「…保護文化財に防音の設備工事は違法なのでは?」
観光に関する書籍から読み齧った知識が再び疑問を呼び起こした。
「あぁ、良く知っているな」
勉強熱心で関心だと頬を撫ぜるあの人、雑多な知識の蒐集を勉強と呼んで良い物なのかは知らないけれど悪い気分でもない。
「まぁ其処は其れ、あくまで反社会集団のやる事だからな」
身も蓋も有ったものではない返答だけれど、其れで納得がいってしまう辺りは自分も徐々に毒されつつ在るのだろうと思った。
~17-8~
しかし私の出世には思わぬ痛みが伴った。抑々厨房の従業員はその殆どが末端とは言え組合の構成員、御大は当時準幹部に並び扱われる大身だった。あくまでも雑用のパートタイマーでしかなかった私の出世を快く思わない人間も居たと言う訳だ。
私も行儀の良い若者ではなかった為正面から降りかかる火の粉には適切な対応を返しその度に御大には絞られ奴には大いに嗤われた。辟易したのは、どちらかと言えば視界の外で行われる陰湿な妨害だった。
切った張ったの世界で生きる人間にしては狡辛さの拭えない方法が敵ながら情け無く、御大に相談する事が躊躇われたのも気疲れの一因だったのだろうと今にして思う。
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