17-3,16ー4,17-4

~17-3~


 私が皿洗いと清掃を終えるまで男は他愛ない話を続けた。単に話好きでもあるようだが、どちらかと言えば律儀に話し相手を勤めてくれたのだろうと思う。郷里は何処なのか、料理は何処で身に付けたのか、この街に来た理由は、尽きることの無い質問攻めも然程苦には感じなかった。話題を途切れさせない為だけに投げられた質問ならば辟易もしただろうが、男は聞き出した話を膨らませる手腕に長けていた。



 ~16ー4~


 「…矢鱈に好意的な印象ですね?」

 包み隠す事無く楽しげに語るあの人の横顔に悪態を吐く。分かっている、つまらない嫉妬だ。男の正体も凡その見当はついていた。


 「安心しろ、色っぽい話にはならん」

 片手で自分の頭をくしゃくしゃと撫で回すあの人。態と過大評価して語らう事で自分の悋気を煽るのが目的なのではなかろうかとすら思える。嫉妬に駆られて煙に巻かれる訳にはいかない、未だ話の核心どころか入り口にすら立って居ない気配が甚だしい。


 「初めても最後も、男はお前だけだよ」


 ほらまたそんな気障りな台詞で、絆されると思われては困ります。はいはい、と呆れるように適当に相槌を打った自分は其れと併せて目線で話の続きを促した。


 ~17-4~


 その日は店の前で男と別れた後未明に帰宅し久々の休暇を楽しんだ。翌日、昼の仕込みに早朝厨房を訪れた私を料理長とソムリエが待ち構えていた。


 「なんですか、仰々しいお出迎えで」

 訝しげに尋ねる。まさかコンソメを玉杓子に一杯くすねた程度で叱られる訳でもあるまいし。


 「…今日から厨房に立って貰うぞ」

 料理長は其れだけを告げるとソムリエに昼まで自室で休息を取る旨を伝え厨房を後にする。「そもそも雑用の仕事は座って出来ませんが」と軽口を叩く隙も無かった。訳の分からない私はソムリエに説明を求める。


 「支配人の指示だ、お前さんの経歴を聞いて決めたんだと」

 あぁ、と納得した様に声を漏らす私に不可解を絵に描いたような視線を送るソムリエ。


 「あの女とは面識無いだろう?どんな経緯でそうなるんだ」

 仮にも支配人を「あの女」呼ばわり、思えばこの頃から口の悪い奴だった。


 「まぁ追々話します、それで兄貴もご一緒なのはどういった訳で?」

 当時の私は未だ奴に敬意を持って接していた。今では兄貴などと、口が裂けても呼ぶ気は起こり得ないが。

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