12-1
~12-1~
Jack of all trades and master of none.
多才な者に優れた才は無いと良く言うけれど、押し並べてその水準が高いのでさえあればその限りではないのだろうと思った。
我が家の主様はこの広い屋敷の雑事を何れもそつなく熟しておられるし、特に料理の腕前は場末でトラットリアでも営めばそれなりに繁盛するだろうと思える程だ。眼前に差し向けられたフォークに乗せられたミートパイの欠片を頬張りながら熟熟感心させられた。
「料理はどちらで身に付けたのですか?」
未だ嚥下仕切らぬパイを舌の上で転がしながら訊ねてみた。
「行儀が悪いな、まぁ俺が言えた事でもないが」
テーブルに堂々と肘を突き、ともすれば肘掛代わりの様に体重を預けながら食事を取り分けているあの人はストローを挿したグラスを手に取った。
「下働きの時分にな、宿屋の厨房で肉料理の担当だった」
グラスを私の方に差し向けたあの人が先程の問に答える。
「ロティシエールですか」
ストローを介し送り込まれたミネラルウォーターで口内のパイを余韻と共に流し込んだ自分は驚きと共に問を重ねる。
「そう大仰な物でもない、客の目当ては別の物だからな」
成る程売春宿ですか、と言いかけて口を噤んだ。この人と違い自分は1年強の付き合いの中でも禁句となりうる言葉にある程度の察しがついていた。
どうやらこの人は売春だの人身売買だのに酷く嫌悪感を催すらしい。本人は上手く隠している心算なのだろうけれど、あからさまに態度に出ているのを知ってからは敢えてそういった言葉を避ける様心掛けていた。
「これはブレス鶏にも期待が持てますね」
本心を交えながらそれとなく話題の方向を変えてみる。我ながら大した話術だと心の中で得意になっていた。
「作ると言った覚えは無いんだがな」
そう言ってナプキンで私の口周りを拭うあの人は口調こそやれやれと言った風情だったけれど、表情を窺ってみれば自分が愛してやまない微笑が其処に在った。
こんな時間を味わえる事が至上の贅沢に思えてしまうのだから、自分も大概とは思ったのだけれど。
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