11-7

~11-7~


 「…すまない、俺は自分の事ばかりだ」

 右肩に押し付けられた彼の頭を抱えながら自己嫌悪に浸る。


 「お前の優しさには遠く及ばないよ」

 口を突いた「愛」を寸前で「優しさ」に言い換えたのは我ながら妙技だったと自負している。其処だけは取り違える訳にはいかない。思いの丈に上下がないと言うのは共通の認識である筈なのだから。


 「…そんな事を仰られては立場がありません」

 一頻り泣き尽くしたのだろう、鼻声に若干の怒気を混ぜながら耳元で囁いてきた。


 「貴方の優しさがなければ僕は此処に居ないのですよ?」

 「人生を生き直させてくれる以上の優しさなんて、そんなの有りません」


 自身の浅慮を悔いるのは今日何度目になるのだろうか。改善については半ば諦めている。特にこういった互いを持ち上げる行為は平行線を辿るだろう事には気付いて然るべきだ。既にある種の馬鹿らしさすら感じ初めていた私は先程まで思考の過半を占めていた自己嫌悪を早々に心の隅に追いやった。


 今為すべき事は自省でも慰撫でもない。愛し我が伴侶を存分に愛でる事だった。


 少し身体を離し表情を窺うと不満げに鼻を啜り上げる不細工な顔を憚りなく晒す彼が見えた。思わず笑みが溢れる。対称的に顔をしかめる彼は袖口で鼻を拭おうと試みたようだが抱えられた状態では上手くいかないらしい。幼稚な悪戯心の芽生えを自覚した時には既に遅く、口付ける振りで顔を近付けそのまま彼の鼻先を舐め上げた私はお返しに自身の鼻先に頭突きを食らう羽目になった。

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