9-2

~9-2~


 斯くも穏やかな午睡に身を委ねられるのであれば、身を危険に曝す甲斐も有ろうと言うものだ。


 「少し遅いが昼食にしよう、何が食いたい?」

 寝台を下り彼を片手で抱き上げる。もう一方の手には洗面器を持った。


 「…車椅子でも構いませんのに」

 両手の塞がった私を慮っての事だろう、彼が申し訳なさそうに呟いた。心遣いは嬉しい、が


 「折角二人で過ごせるならこうして居たい」

 寝顔を眺める内にそんな感情に取り付かれていた。


 「…そう言った気障りな台詞はお似合いでないかと」

 顔を赤らめ視線を反らす彼、苦し紛れの皮肉にはいつものキレがない。今度は先手が取れたと心の中でせせら笑う。今からでももう一回戦始めてやろうかと言う邪念を振り払い皮肉には構わず階段を下りた。



 「結局何が食いたいか聞いていなかったな」

 キッチンのカウンター越しに彼に問い掛ける。


 「…何が作れるかも伺っていないのですが」

 食堂に着いて間も無く、調理の間は結局車椅子に下ろすしかないと気付いた私の手によって食卓につかされた彼は若干の不機嫌さを湛えた表情で此方を見ていた。


 「取り敢えず要望を聞いてからそれに寄せて作ろうと思う、何でも良いから言ってみろ」

 こんな物言いでは恐らく意地悪な返答が返されるだろう事は経験から知っていた。しかし彼の言葉選びが嫌いではなかった私としてはこの質問が最適でもあった。


 「…ブレス鷄のベッシィ包み」

 「 それはポール・ボキューズにでも頼め、と言うか今度は何を読んだんだ」

 彼の極端に過ぎる読書傾向には今更驚きもしないが、兎に角気分の方向性は朧気に理解できた。



そ の後卓上に並べられたチキンソテーを文句の一つも無く平らげた彼を書斎へ見送った私は贔屓の精肉店に豚の膀胱を発注するのだが、それはまた別の話。

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