8-3

~8-3~


 思い返してみればこの人がご自身から自分と睦み合う事を欲する時には何時も酒臭さを伴っていたような気がする。素面の時に誘うのは何時も自分だった。今更その程度の事でこの人の愛情に疑いを持つことはないのだけれど、それにしても愉快な話ではなかった。


 今後の協同生活を円満に保つ為には何点か問い詰めておく必要を感じた自分は埋めていた顔を上げ口を開く。


 「先程のお話、暫くは二人きりで過ごせると言うのは?」

 気恥ずかしさが残っていた為視線を逸らしつつ訊ねた。同様に視線を明後日の方向に泳がせながらあの人が答える。


 「あぁ、当面仕事は週に一度事務所に顔を出すだけで良いとの事だ」

 やっぱり話半分だったかと苦笑するあの人の横顔を悟られぬ様に覗き込む。嘘ではないらしい。良かった、危険に遭う可能性も減ると言うことだろう。安心した自分は本題である次の質問へと移る。


 「であるなら、明るい内からお情けを請うても良いものでしょうか」

 あぁ、何時もならこの程度の誘い文句はからかうように軽々と紡げると言うのに。先程までの空気に完全に飲まれていた自分は生娘もかくやと言わんばかりに辿々しく恭しく消え入るような声で呟いた。自分を支える左手から緊張が伝わってきた。


 「…勿論、お前が望むのなら」

 許諾の言葉、本来であれば喜ぶべき物だが、先程の気付きの為に素直に喜べない。寧ろ追求の言葉を浮かぶままぶつけてしまう自分は、この人が言うほど愛らしくはないのだろう。


 「貴方からは、求めて頂けないのですか?」

 再び埋めた胸板から鼓動が伝わってくる。焦燥?緊迫?どちらにせよ嬉しいものではない。別に責めているつもりはなかったのだけれど、こうなったらとことん迄虐めてやろうと思った。


 「予め断っておきますれば、明るい内からお酒を嗜まれる、と言うのは無い話ですよ」

 鼓動が一層高鳴る。ぎくり、という擬音が聞こえた様な気すらした。


 「…気付いてたのか」

 悲しげな顔を向けるあの人。あぁ、そんな顔をさせたいわけではなかったのに。ちょっと困らせる程度のつもりが、思わぬ痛い腹をつついてしまったらしい。


 「誤解しないで頂きたいのですが、別に責めも問い詰めもする気はございません」

 実際素面で抱けない理由なぞどうでも良い事だった。表情を窺う限り何か事情が有っての事なのだろう。


 「…ただ、寂しいなぁ、と」

 思わず口を突いた台詞だったが、紛れもなく事の核心は其れであるとたった今自覚した。

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