8-1

 ~8-1~

 

 退屈だ、酷く退屈だ。


 目的を果たしたならば早々に帰れば良いのに。何時の間にか談笑の雰囲気へと移っている来訪者共を忌々しげに睨み付けたくなる気持ちを抑えた自分は背中越しの体温を堪能することで心の平静を保っていた。


 恐らく話し合いが難航している風に見せる演出も兼ねているのだろう、自分にとっては迷惑この上無い。それがこの人の身を危うくするとなれば尚更の事だ。恩義の有る相手だと言うことは解っている。見世物小屋の一件で報酬代わりに自分を引き取る際にも手配師さんの口添えがあったらしいから自分にとっても恩人と言えるのだろう。とは言え、ここまでの献身が本当に必要なのだろうか。


 この人はご自身の仕事を自分に関知させまいとしているらしいけれど、実の所その概要は自分もそれなりに掴んでいる。家に独りで居る自分の無聊を慰めるべく度々屋敷を訪れる見習い氏は、師匠と比べると幾分口の軽い少年だった。他人と話す機会が滅多に無い上世事に疎い自分から情報が漏れるとも思えなかったのだろう。


 実際、頼みもしないのに嬉々としてこの人の武勇伝を語る見習い氏の表情に羨望以上の物が混ざっていはしないかと探る事に夢中になり肝心の話を聞き漏らすこともしばしば有ったのだけれど。



 「さて、そろそろお暇しても良い頃合いだろうか」

 そう言って席を立つ手配師さんに釣られるようにあの人が自分を抱き上げ立ち上がろうとする。其れを見て片手を翳し制する手配師。


 「見送りは良いよ、円満に話が片付いた様に見られてはいけないからね」

 笑顔で述べる手配師さんは次いで自分に視線を向けた。


 「長々と話し込んで済まなかったね、当分は二人きりで過ごせるよう計らうよ」

 どうやらまたも話の要を聞き漏らしてしまったらしい。その言葉が事実としたら喜ばしいことだけれど、普段のお仕事はどうするのだろうか。


 「監視も屋外からのものに限るよう言い付けておく」

 再びあの人に視線を向けた手配師さんはそれだけ告げると椅子の背凭れに引っ掻けてあった中折れ帽を手に取る。連れの男はと言えばテーブルの片付けを始めていたが「後は私が」とあの人が声を掛けると笑顔で頷き玄関へ向かっていった。


 「では、暫く不便を掛けることになるが宜しく頼むよ」

 此方を向き直した手配師さんはそう言って会釈する。自分達も会釈を返すと満足そうに頷いて男の後を追った。玄関を開閉する音が聞こえ、直後自分の体が浮遊した。



 抱えあげられた自分はそのまま右に180度回転し再び膝の上に着地する。向かい合う形になったあの人は申し訳なさそうな笑みを浮かべていた。


 「すまない、退屈だったろうな」

 左手を自分の腰に添え転げ落ちぬように支えながら右手で髪を鋤いてくる。そうしていれば自分が機嫌を治すと思ったら大間違いですよ。そんな恨めし気な視線を送ると困った様に微笑んだ。


 此処で折れてはいけない、自分は不機嫌なのだと心の中で繰り返し呟いてみたのだけれど、向けられた柔和な笑みの魅力に絆されつつあるのが自分でも分かる程度に胸が高鳴っている。


 あぁ、何故こんなにも魅了されてしまうのだろうか。

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