7-7

~7-7~


 「此れで本当に打てる手は全て打ったと言えるだろう」

 再び溜息を吐き背凭れに体重を掛ける老紳士、目に見えて疲労が伝わってくる。


 「撒き餌としては間違いなく十分な食い出が有るでしょうね」

 膝上の彼を身体ごと向き直させ背中から抱き締める様な態勢で寛ぐ私は悪戯っぽい笑みと皮肉で答える。


 「そう虐めんでくれ、巻き込んでしまった責任は感じているんだ」

 思わず苦笑いを返す老紳士。


 「元はと言い出せばキリが無いでしょう、過ぎた仕事に首を突っ込んだ私も、その上で任せた貴方も」

 最早常の談笑の雰囲気を取り戻していた私たちは畏まった姿勢を解き眼前の珈琲をただ楽しんだ。



 カウンターの奥から戻ってきた男は片手にミルクの入ったグラス、もう一方の手にはポットと空のカップを提げていた。食卓の空いている椅子を勧めると「どうも」と軽く返事をし膝上の彼の前にグラスを、自身の前にカップを其々並べた後其処に残った珈琲を注いだ。


 「しかし知りませんでしたね、何時の間にあんな小芝居の約束が有ったので?」

 カップから視線を外さずに発された男の問いかけに私は驚いた。


 「伝えてなかったんですか?」

 老紳士に向き返り訊ねる。


 「何分急な事だったからね、此奴には今朝まで別の用件を言いつけてあったものだから」

 聞けば私が酒場に足を運んだと言う報せを受けて間も無く方々に散った表の面々に召集を掛けたらしく、男はその掌握に一夜駆け回っていたらしい。


 「それは、寝起きの私としては少々申し訳なくなる話ですね」

 グラスを膝上の彼に差し向けながら二人に謝辞を述べる。グラスには言わずともストローが差してあり、その当たりも含めやはり気遣いの出来る男なのだろうと思った。



 ~5-3-2~


 店内に設置された古風な壁掛け電話が着信を知らせた。見た目通りの古めかしいベルの振動音が店内に響く。


 「アンティークの置き物じゃなかったのか、それ」

 冗談めかした調子で懐古趣味の店主を揶揄する。しかし店主の面持ちはそんな私とは対照的に酷く固い。私の軽口を制するように右手を翳した店主は反対の手をバック・バーに据え付けられた電話へと伸ばし受話器を取る。


 自分からは一言も発さずに相手の話に耳を傾ける店主は私に手招きする。どうやら「代われ」と言う事らしい。カウンターを乗り越えた私は受話器を受け取ると誰ともつかない話し相手に「代わりました」と告げた。


 「済まないが時間が無い、一度しか言わないので聞き漏らしの無いように」

 其処で初めて電話口に立つ相手が手配師の老紳士だと気付いた。相変わらず耳の早い事だ、そんな感心をする暇も無く相手は本題に入った。


 「明日、君の家に協力を仰ぎに行く」

 何の件についてかは言わずもがな、と言う事か。


 「だが内容の如何に関わらず快諾はしないで欲しい、いや寧ろその場での返事は避けてくれ」

 矛盾した指示だが違和感は感じない、口調の深刻さからそうする必要があっての事なのだろうと直ぐに理解できた。


 「可能であれば断りたい雰囲気を出す形で発言してくれ、以上、何か質問は有るかな?」


 「有りません」


 「では宜しく、他言無用だよ」



 相手が切ったのを確認し受話器を置く。元の席に戻ったところで先程のグラスに手を伸ばしミネラルウォーターで咽の渇きを潤した。盗み聞きを避け端の客席に移っていた店主に向って口を開いた。


 「…何処に繋がってんだ?」

 壁掛け電話を指差しながら訊ねる。普段は鳴りを潜めるどころではない其れは恐らく一般の電話回線に繋がる物ではないだろう事だけは知っていた。


 「組合の事務所に直通だ、地面に埋没させた独自回線だから盗聴の恐れはほぼ無いって事らしい」

 受話器を手渡した後は我関せずと言った体でパイプを吹かし始めていた店主はぞんざいに答えた。


 「らしい、ってのは?」

 店主が引いた回線ではないのか、来歴が気になった私は問を重ねる。


 「俺が店を始める前から置いてあるからな、寧ろメンテナンス無しで良く持ってる物だ」

 要領を得ない話に不満は有ったが盗聴の危険性以外は然程重要な話でもないと思い直し追及は諦めた。


 ふと以前昔話に交えて店主から聞かされた店の来歴を思い出す。今でこそ外見上酒場として営業しているこの店も禁酒法の布かれた時代には会員制の秘密クラブとして密造酒の売買を行っていた歴史が有るのだとか。当時の名残だとすれば本当によく持っている。


 探せば隠し部屋や秘密の通路でも出てくるのではないか。酔いに任せて旺盛になった想像力もそこそこにそろそろ帰宅すべきかと思い席を立つ。明日は老紳士と、彼との口論を見せるべき“誰か”を出迎えなければならないのだから。

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