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~7-6~


 「そもそも主任会計士の話自体に明確な裏が有り、貴方は其れを隠した」

 「無論事情が事情、立場上全て話す訳にはいかない事は理解出来ますが」

 「其れでも我々の信頼関係はその程度と露呈した様なもの」

 「その上で私に依頼するんですか?」


 「此方も差し迫った状況だ、前回の様に伏してお願いと言う訳にはいかない」

決定事項を持ち込んでおいて良く言う。

 「今回の件、君達程詳細に概要を掴んでいる構成員は他に居ない」

 「私の子飼いもこの場に居る面々だけが知る秘中の秘だ」

 「万一外に漏れることが有ればまたぞろ厄介な余所者の介入を許しかねない」

 「寧ろ既に敵方が外部勢力と通じている可能性も十分に有る」

 「手駒も権限も限られた私に現状打てる策はこれをおいて他に無い」


 言葉の応酬が続く、承諾の選択肢しか無いにせよ突ける粗はつついて安全の保証と報酬の額を引き上げたい。我ながら底の浅い交渉に臨んでいるものだと思わず自嘲したくなる。


 「断るのであれば今後の身の安全は自分自身で守って貰う事になる」

 「既に私が配下を連れて君の家を訪ねている現状は広く知れ渡るだろう」

 「君の意思と関係無くこの策はもう動き出している、と言う事だけは念を押しておこう」

 あくまで冷淡に言い放った老紳士はそれきり沈黙した。此方も沈黙で返し、食堂には暫し静寂が続く。


 老紳士が背後に控える数名に振り返り言った。

 「外に出ていろ、二人で話がしたい」

 驚愕の表情を浮かべる男達、その内の一人が「いや、しかし」と異を唱えようとした刹那


 「俺が残る、お前らは庭の草むしりでもしてろ」

 カウンターの奥の男が若干の怒気を孕んだ口調で老紳士の指示を復唱した。顔を見合わせた男達は恐る恐ると言った様子で玄関へと歩を進める。ドアが開かれ閉じる音が邸内に響いたのを確認した私達は大きく溜め息を吐いた。



 「今みたいな調子で良かったんでしょうか?」

 苦笑を浮かべ老紳士に訊ねた。相手も相好を崩して答える。


 「満点だ、助かったよ」

 カウンターの奥からポットを持ち出てきた男が二人のカップに珈琲を注ぎ直しながら「お疲れさんです」と私達を労った。


 「坊やも何か飲むかい?」

笑顔で問い掛ける男に視線だけ向けた彼は私の胸元に顔を埋めたままくぐもった声で何事かを告げた。


 「冷蔵庫にミルクが有りますので、其れを」

 人見知りに代わって私が注文を告げる。頷いた男は再びカウンターの奥に消えていった。



 「威厳有る幹部ぶりを示すのも大変でしょうね」

 新たに注がれた珈琲の薫りを楽しみつつ慮る様に訊ねた私に対し老紳士は手を振って答える。


 「正式な幹部ではないと言うのに周りの扱い方がそうあれと強いてくる、これでは隠居はまだ先の事なのだろうね」

 「ともあれこれで私が君に依頼を強要したと言う体裁が作れた」

 「恐らく君が組合の方針に不満を抱いていると言う風聞が流れるだろう、後ろに控えさせていた連中は私の手下の中でも特に酒癖が悪く口も軽い」


 「良いんですか?造反者の案件事態が漏れる可能性も」


 「そこまで命知らずでも恩知らずでもないだろう、そう考えて傍に置いている心算だよ」

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