5-1

~5-1~


 眼を覚まさぬよう細心の注意を払いながらボックス席のソファに彼の身体を横たえる。今が初夏であること、短時間で用を済ませて帰る予定であることを考慮し店主から差し出されたブランケットは丁重に断った。カウンターの席に掛け直し置いたままにしてあったグラスに手を伸ばす。


 「待たせて済まん、話を聞こう」

 半ばほど中身の残った其れを傾け一息に飲み干した私は店主に向き直し本来の来店目的を果たす事にした。


 「あぁ、符牒は忘れてなかったか」

 一通り手入れの済んだパイプの山を一つ一つ丁寧に専用のケースに並べながら店主がほっと息を吐く。


 「坊やを連れて入ってきた時には何を考えているのかと思ったが」

 対面に移動した店主は懐から一枚の封筒を取り出しカウンターの上に置いた。


 「出掛けに泣き付かれてな、置いて行くには忍びない」

 此方もジャケットの内ポケットから店主が差し出した其れよりも分厚い封筒を取り出し手渡す。受け取った店主が中身を確認し頷くのを確認してから差し出された封筒を検める。中には数枚の書類が封入されていた、手に取り内容に目を通す。


 「お前が仕事を片付けた日から遡って凡そ半年前の日付の出納帳だ、何処のかは言わなくても分かるな」

 カウンター内に置かれた安楽椅子に腰掛けた店主は緊張した面持ちで此方を窺っている。成る程確かに言われずとも分かる、書類の形式は今私が仕事で用いているものと全く同様であったのだから。


 「…疑うわけじゃないが、良く手に入ったな」

 先立っての横領騒動以降、組合の会計管理は病的なまでに堅固になっていた。金銭の出入に当たっては2名以上の幹部の承認が義務付けられ、大口の集金には5名以上の護衛の同行が必須とされていた。流石に以前憂慮していた様に監視者の類が身辺に付いた気配こそ無かったものの、事務所の会計室の出入りには入念なボディチェックが行われるようになっていた。


 「簡単なもんさ、それは会計室の出納帳から抜いてきた訳じゃない」

 一定のリズムを刻みながら椅子を前後させつつ店主が答えた。口振りに反して表情には変化が無い。訝る様な表情を浮かべる私と視線を合わせずに言葉を続ける。


 「お前の前任者の件、その調査の過程で偶然俺の所に入ってきて其の儘保管していた物だ」

 思わず書類を掴む指に力が入る。どうやら考え得る限り最悪の点と点が結ばれてしまったらしい。

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