4-2

~4-2~


 「ナイト、d4」

 緒戦の探り合いに業を煮やした相手の中央突破を防ぐために陣形がやや乱れる。無理攻めで混乱を狙ってくるのが相手の得意であるため落ち着いて盤面全域に意識を払いながら次の手を組み立てていく。


 「大分上手になったね」

 陣形の綻びに次々とクイーンを機動させ更なる混乱を誘う相手は楽しそうに話しかけてくる。


 「もう無理押しは効きませんからね、ポーンb3へ」

 相手の攻めてくる急所に最低限の移動で防御線を構築しながら隙を窺う。しかし相手はほぼ初期配置のままの堅固な防御態勢に少ない駒で華麗なヒット&アウェイを繰り返す。正直苛立ちを覚えてしまう。


 苛立ちの原因は何も眼前のチェスに限った事ではない。視界の端ではあの人が酒場の店主と他愛のない雑談に華を咲かせながら注文品らしい火酒の入ったグラスを傾けている。正直に言って未だあの匂いは好きになれない。『不機嫌になるだろう』とはきっとあれを指しての言葉だったのだろう、確かにいい気分ではなかった。


 「久々に遊ぶんだからさぁ、もうちょっと楽しそうに指しなよ」

カウンター越しに不満の声を上げるバーテン見習いは困ったような笑い顔で溜息を吐いた。ビショップを自陣に切り込ませてくる。


 「そう仰るなら雑な指し手は控えて頂きたいのですが、キングg2」

 味方の援護も無しに馬前に進んできた黒のビショップを白のキングが鎧袖一触する。大駒は温存しつつ駒数を相殺して短期決戦に持ち込む腹積りらしい。それで片が付く初心者扱いを未だにされているのが我慢ならない。


 「一手30秒指しならこんなもんじゃない?はいどうぞ」

 決戦に向けキングの周囲に十分な空間を確保しつつ攻め駒の陣形を整えた相手は「さあこれからだよ」と言わんばかりに此方の手を促す。


 勝ったな。


 「ルーク、e2」


 「あ、しまった」


 整えられた攻撃陣地と手薄になった防御陣地の間にできた一本道の延長線上にルークを滑り込ませ両者を分断する。必然一手一マスしか進めないキングは行動範囲の大半を消失したことになる。


 「どうします?続けますか」

 最早盤面を見るまでも無くなった自分はあの人の横顔を堪能する作業に戻る。


 「え、え、ちょっと待って、あぁ時間が」

 慌てふためく対戦相手を余所にタイマーは無慈悲に時間切れを示すアラームを店内に響かせた。

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