3-3

~3-3~


 手持無沙汰を体現するように掌を繰り返し開いては閉じる動作を繰り返す。屋敷に戻ればあれの柔肌に触れる手、明日の朝になればあれと自分の朝食を作る手、先程までは銃把を握り他者の生を止めた手。この世の矛盾をも体現するとは我ながら大した掌だと自嘲する。どうせならもう一つ役目を与えてやろうと思い立ちコートを手に部屋を出た。帰宅の前に、この手でグラスを掴む楽しみも得ておこうと思い付いたのは僥倖と言えるだろう。



 「一人だ、席有るか」

 ドアに据え付けられたベルの音に負けぬ声量で店内に呼びかけた。


 「喧嘩売ってんのか」

 店内にただ一つの人影がカウンター越しに応じた。


 「相変わらずの閑古鳥か、良く潰れないもんだ」

 皮肉たっぷりの笑みを作りながら人影の正面に腰掛ける。


 「御陰様で副業の方で稼がせて貰ってるよ」

 磨いていたグラスを置いた店のオーナー兼マスター兼バーテンダーはバック・バーに手を伸ばすとグレンフィディックを手に取り氷の入ったグラスと共に乱暴にカウンターに乗せた。


 「どっちが本業なんだかな」

 サービスの悪さも気にせず手酌でダブルに注ぐ。グラスを持ち上げ二、三度廻らせてから一息に飲み干した。斯くも気の置けない遣り取りを交わせる相手はこの街にそうは居ない。それほどに店主との付き合いは長かった。


 「…おい、もうちょっと丁寧に扱ったらどうだ」

 先程よりもやや不機嫌さの増した口調である。しかし何について言及しているのか心当たりが浮かばない。


 「俺が用意してやったコートだろう、其れ」

 私の尻と座席の合間に挟まれた無残な上衣に視線を落としながらあからさまに溜息をつく店主。


 「あぁ、此奴共々仕事には重宝してるよ」

 ホルスターに納まったルガーをジャケット越しに叩きながら答えた。詰まる所、この店主の副業とはこれ等の装備を外部から調達する事だった。無論組合の管轄下において、である。


 意外にも組合の貯蔵・流通する物品の中に銃火器の類は極端に少ない。組織規模から鑑みて当然の様に後ろ暗くも密接な関係を築いているだろう警察機構との間にその様な取り決めがあるらしいと聞いている。実際について詮索する命知らずが居る筈も無く真相については不明だが。


 しかし現実問題として私のような実務に携わる人間には最低限以上の刃傷沙汰に耐え得る武装が必要であり、その為この店主の様にそれらを都合する人間が多数組合に籍を置いている。彼はそんな数居るブローカーの中でも取り分けて払い下げられた軍需品の調達に長けており、このコートもその伝手を頼って発注した物だった。


 「仕事向きのコートをと頼んだつもりだったが、撥水加工とは恐れ入った」

腰を浮かせながら引っ張り出した其れを無造作に隣の空席に放り投げる。


 「加えて芯地にアラミドと特殊な緩衝材を使っているからな、拳銃弾程度なら骨で止められるぞ」

 店主は腕組みに仁王立ちでどうだと言わんばかりに自慢げな顔を浮かべて商品の説明を始めた。


 「『体にめり込んで出血と骨折は負う』としか聞こえないんだが、まぁこの軽さで其れは凄いな」

 それもう防弾チョッキで良いだろ、とは言わないでおいた。素直に同意して適当なところで切り上げさせなければ、気晴らしの酒に薀蓄で水を差されるのは堪らない。

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