3-1
~3-1~
「…見逃してもらえないか」
聞き飽きた文句である、取り合わず人差し指に力を込めることも厭わなかったが、天気の所為か気紛れに苦し紛れに付き合っても良いと思えた。
「聞こう、俺にどんな利益が有る?」
差し向けた銃口は逸らさずに次の相手の言葉を促した。
「…それの中身については?」
両手を頭の後ろで組み跪いた男は顎先で部屋の隅に置かれたダイアル式の金庫を指し示した。
「知っている、寧ろ俺がここに居る理由が正に其れだ」
入室(突入とも言う)の折に部屋の間取りを瞬時に把握してから仕事に取り掛かった為視線は外さずに答える。
或いは視線を逸らした一瞬の隙を狙ったのかも知れない男は此方を窺わんと僅かに首を傾けようとした矢先に銃口で小突かれ息を飲んだ。
「指が疲れるんだ、早く用件を言え」
私にこれ以上の手間を掛けさせるつもりならお前は命を賭けろよと言外に含ませながら態とらしく爪先で床を繰り返し叩く。
「その中身をあんたに進呈する、あんたがいくらで雇われてるか知らないが相応の額にはなる筈だ」
いよいよ進退窮まったと見た男は慌てた様子で一息に言い切った。背後からでも明らかに震えが増し、滝のように汗をかく様が見て取れた。
「わかってないな」
意図したつもりは無かったが、突き放すような口調で言葉を返した。
「…何が?」
最早まともに思考を巡らせる余裕すら無いのだろう、教えを乞う声は交渉を求める策士のそれと言うよりも物を知らぬ子供のようにあどけなかった。
「それを受け取って売り捌く事で得る利益、それはお前を見逃す事で蒙る不利益に全く見合っていない」
足踏みのリズムを速めながら答える。
「更に言うならばそれをこの街で扱う事自体が大きなリスクでしかない、今お前が体験している通りな」
己が今こうしている理由すら忘れているのだから余程緊張していると見える。とは言え、自身も同じ状況であったならどうだろうか。最早眼前の男に対する興味を半ば以上失いかけていた私はそんな事に思いを巡らせる。
「じゃあ一体どうすれば…」
振り返った男の形相は苦悶に満ちていた。
「わかってない」
反射的に人差し指を軽く引く、消音機から風を切るような音が3度漏れ、続いて男の身体が木製の床に叩き付けられ音を立てる。
「俺にはお前を見逃す利益なんて思いつかないよ、だから質問するのは俺であって、お前ではない」
既に物言わぬ肉塊となったそれに淡々と告げる。周囲には同様の肉塊が4つ、事前に伝えられていた情報と合致することを確認し懐の端末に手を伸ばした。
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