成人おめでとうと彼は言った

新座遊

彼は若くして成人を選んだ

「成人、おめでとう。これで君は成人としての権利をすべて取得した。そして義務もね」

役所の窓口で、人の好いおっちゃんが彼を祝福した。彼のように若いうちに成人になる人が珍しいのか、周りの人たちも祝福の拍手をしてくれる。その他もろもろの宣言をしてから役所を後にした。


彼は12歳、そろそろ中学校に入学しようかというところだが、思い立って成人になることにした。若者特有の正義感だけでその判断をするとは思えない。深い理由があるのだろうが、それはなんだろうか。

この時代、ある一定の年齢を迎えれば自動的に成人になる、という制度は消失している。かといって、何か成人になるための試験があるわけでもなく、ただ単に、成人になる、と自己申告するだけで成人になれるのである。

だからと言って若いうちに成人になると宣言する人は少ない。逆に、馬齢を重ねた中年でも成人の宣言をしない奴が多いくらいである。だからこそ、彼は珍しがられたのである。

成人になったからと言って、義務教育を免除されるわけではないので、成人として中学に通うことになるだろう。

だがその義務とは本来、親や保護者が子供に教育の機会を与える義務のことであり、成人となれば保護者はいなくなる。

誰の義務かといえば、成人となった彼自身の義務である。彼は彼を教育する義務を負ったわけだ。

まず、彼は自立しなくてはならない。

12歳で自活するだけの力があるわけではなく、すぐに生活保護申請をする。自分の責任の範疇で、国家との契約であり、国家はその契約を履行するために、交換条件とともに生活保護をしなくてはならない。

つまりこの時代の生活保護は地方自治体によるものではなく、国家による国策として行われる制度であった。

そのため生活保護というのはただ単に生活保障をするものではなく、対価を取られる取り決めになっている。彼の場合、緊急時に強制的に招集され兵として戦うという契約を行うことで、生活保護を受ける権利を得ることになる。

権利と義務は等価交換。それが成人の原則である。


そこまでしてなぜ成人になりたかったのか。それは彼と彼の中学の同級との会話からヒントを得ることが出来よう。


「お前何考えてんの。大人になって良いことあるのかよ」

「いや逆にさ、なんで子供のまま生きていられるのかが俺にはわからんよ」

「子供のほうが楽じゃん」

「そう思う人は子供のままでいればいいけどね、未成年だと好きなことできないからね」

「なんだそれ、エッチな話か」

「それだけじゃないけど、まあそれもあるか」

「でも犯罪だって、成人になると罰が厳しくなるだけじゃん。子供なら殺人を犯しても名前は伏せられるし、少年院でおとなしくしてればすぐに釈放されるらしい」

「そんなの、人間として見られてないだけじゃねえか。俺は人間だ。人に成るんだ」

「物好きだねえ。まあ嫌になったら成人撤回宣言すればいいらしいから、好きにすればいいさ」


彼は放課後、部活動をすることもなく学校の敷地から外に出て、成人としての自由を謳歌する。成人であれば校則に拘束されることもなく、大人としての権利を行使できるからである。


まずはパチンコ屋に寄ってみる。風体からして未成年っぽいのだが、彼には成人宣言証(パスポート)がある。訝しげに近寄ってくる店員には、パスポートを提示するだけで店に入ることが出来る。

ちょっとだけ遊んでみる。生活保護の金でパチンコを、などという文句は、この時代には存在しない。義務との等価交換であり、権利の章典だからである。ちなみにこの店は等価交換で球を換金できた。さらに三店方式ではなく、直接換金できる。これも日本国に蠢く建前主義を排したことで実現したのであるが、本題ではないので深くは考察しない。


彼は思うのである。

結局のところ、大人と子供の違いとは、適用される法律の違いに過ぎない。そしてその違いこそが階級であり差別の本質なのだ。

日本は平等社会だという。しかし、大人と子供とで、法律が異なる、あるいは適用範囲が異なる、という点は明らかに差別なのである。その差別を受け入れるということが、彼には理解できない。一体、それは人間として自覚があるのだろうか。

男女間で差別があると、ある勢力は言い張るが、法律で男女による対応の違いがあるのか否かを突き詰めないと、本当の差別が見えてこないのではないか、と思う。

何でもかんでも差別だと言っても、相手をやり込めるためのマウンティングに過ぎない意見がいかに多いか。そのせいで、本当の差別すら見過ごされている現実を、どう見るのか。大人になるということは、差別と闘うことに他ならない。


彼は駅構内のトイレに寄った。パチンコ屋に寄ったのはトイレに行くためだったのだが、すっかり遊びに夢中になり、忘れていたのである。

男子トイレに入る。彼の姿を見て、男子トイレから出てきたおっちゃんが目を剥いた。

「お嬢ちゃん、こっちは男子トイレだよ」

「俺は先日、役所で男宣言をしてきたんだよ。だから法律上は男だ」

彼(彼女)は、平然と言い放った。













  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

成人おめでとうと彼は言った 新座遊 @niiza

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ