気持ちを伝えたくて
夏木
伝えたい
最初に言おう。僕はコミュニケーションをとるのが苦手であると。
転勤族の父。父についていく家族。
小学生の頃から何回も転校した。そのたびに恒例の転校生の自己紹介をしなければならない。
人見知りの僕はそれが上手く出来ず、名前をハッキリ言うことすらできない。転校した学校では、最初は興味本位で話しかけるひともいたが首を縦か横に振るしか答えられなかったし、既に仲のよいグループとなっていてそこに加わることはできなかった。
そして、三日もたてば完全に孤立した人となる。
何度も転校し、義務教育の終わり間近、僕はある学校で卒業を迎えようとしていた。
同時に担任の教師も教員生活を終えることがわかった。
最後に受け持ったクラスが僕らのクラスということで、思い出になるような事をしようという案が出た。
アルバムをプレゼントする、全員の成績をかなり上げる、花束を渡す。これら三つを実行しようと秋から動き始めていた。
クラスメイト全員がアルバム係と花束係に別れて作業する。全員なのだ。僕も例外ではない。デザイン力もなければコミュニケーション力もない僕は花束係となった。
卒業式直前に動くものとばかり思っていたが、係を決めたときにある女子が提案した。
「私達で花を育てるのは難しいから、せめて私達で花を選びたい」
そんなの花屋に任せればいいだろう!
心の中で叫んだ。口に出すことはない。
「花言葉とかいいんじゃない?」
別の女子が更に提案する。周りはみんなそれにのっかっていく。僕以外にも男子はいるが、やる気がないので何も言わない。女子がやってくれるだろうと他人任せだ。
「そういえば君んち、花屋やってるんじゃなかった?」
急に話をふられた僕は、目を丸くして問いかけた女子を見た。
転勤族の僕の家ではない。母方の祖父母が花屋をやっているのだ。学校でそのことを話したことはない。何故知っているのか?
「この前ね、隣町の花屋さんに行ったらこの人いたんだよー。お店のおじいちゃんに聞いたら、孫だって言ってたからさ。花言葉でいいのある?」
僕は家族に対してはコミュニケーションをとることはできる。
祖父母の家へ行った所を見られていたのだ。
祖父母が花屋だからと言って、僕が花に詳しい訳ないだろう!
この女子の言葉に首を横に振るしかなかった。
結局僕が花を選ぶことになってしまった。
準備も僕。親族が花屋だからという理由で押しつけられたものだ。ちなみに費用は後日提案した女子から受けとった。
卒業式。
僕は祖父母の所へ行って、花束を受けとってきた。
そして卒業式が終わり、教室へ戻る。
最後のホームルームの時間にクラス委員が手を上げて先生に感謝を伝えた。
そこでアルバムと花束を渡す。
僕が提案した花束は柔らかい色合いとなった。
ありがとうを伝えるために、ふんだんに使ったかすみ草とピンクのカーネーション。花言葉からもぴったりである。また、ピンクのガーベラに白のダリア。中学生のお財布からはそんなに大きい花束はできなかったが、祖父母がおまけにユリまで入れてくれて、豪華になった。
話すことは苦手な僕が先生に手渡す。言葉は何も言ってないが、先生は受けとるときに優しい声でありがとうと言った。
先生は意外と花言葉を知ってるらしく、花を見ながらありがとうがいっぱいであると言っていた。
僕が選んだ花であることを女子が言うと、先生は再び僕を見て感謝を伝えた。
「先生からも皆さんにプレゼントです」
そう言って先生は一人ずつ名前を呼んで前に来て貰う。
そこで先生からガーベラの一輪花と手紙を渡した。
ガーベラには前進や希望の意味がある。卒業式を迎えた僕らにおめでとうというメッセージだ。
こうして感謝とお祝いの花束を贈り合った僕らは卒業式を終えた。
おめでとうという言葉はその日何度も家族から聞いた。だが、手元の一輪のガーベラが言葉だけじゃない気持ちを伝えてくれる。
コミュニケーション力はないので、気持ちを伝えるための花は有効と感じた出来事だった。
そして今、何をしているかというと、高校生活を送りながら祖父母のところで花屋のアルバイトをしている。
花が好きになってしまったのだ。そこでアルバイトしているときに、定年を迎えた先生とも再会した。アルバイトを通じてコミュニケーションをほんの少しとることができるようになった僕。先生は凄く褒めてくれ、やる気が起きた。
僕はこの先も、誰かの気持ちを伝えるために花を贈りたいと思う。
気持ちを伝えたくて 夏木 @0_AR
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます