卒業式

新吉

第1話

 泣けなくてもダメ、泣きすぎてもダメ



「らくがきはもう卒業したの」



 いつものように教科書の落書きを見せにいったらそう言われた。私の友だちのゆうこちゃんだ。幼稚園からの友だちで私たちは時々ケンカしながらバカみたいにはしゃいで一日を過ごした。らくがきに漫画、小説をかいたり、お菓子づくりに手芸をしたり何かにつけて一緒に遊んできた。小学校六年生になったとき、そう言われてからだんだんと遊ばなくなっていた。中学校では部活も違ったし、話さなくなっていった。私は新品の中学校の教科書にらくがきばかりしていた。別にゆうこちゃんの他にも友だちはいたし、新しい友だちもできた。ただ時々今でもあの頃の漫画や小説を思い出すことがある。友だちの名前を小学生ながら頭をひねって文字っては、似たようなキャラクターを登場させていた。恋愛ものだったりバトルものだったり、4コマ漫画だったりした。


 四年生は十才だ。だから二分の一成人式というのをやる。二十歳になった自分へ手紙や作文を書いたり、学校に家族の人が来たりして一緒に料理をしてお祝いしたりする。そうそうゆうこちゃん家では手作りコーヒーゼリーが出る。大人の味でほろ苦い。時々プリン。それだけでちょっと大人な気がしていた。二十歳なんてずっとずっと大人だった。二十歳になったらやりたいことをみんなたくさん書いた。当たり前にできることもあれば、まだやったことないものも結構ある。



『お酒を飲んでみたい』

『バケツプリンを食べてみたい』

『人をなぐってみたい』

『回らないおすし屋さんに行く』

『札束をばらまいてみたい』

『ケーキをワンホール食べてみたい』

『車を運転したい』

『バイクに乗りたい』

『夢の国のアトラクションを全制覇する』



 私だけじゃなくみんなみんな子どもだったけど、子どもにだっていろいろあって、それなりに悩んでみたり考えたりして過ごしていた。ゆうこちゃんとはそういう話もよくした。道路の縁石の上を歩くとやめなよとだいたい言われていたけど、私はそうして自宅から少し離れたゆうこちゃん家に行くのが好きだった。ヘルメットで顔の見えないバイクが飛ばして通り過ぎる。トロトロ運転の軽トラを追い越していく。私達もいつのまにか五年生と六年生になった。ケンカ別れをした記憶もないけれど、もうゆうこちゃんは私より少し大人になってしまったようだった。あの時のバイクみたいに速くはないけれど。


 小学校は六年間。だけど私はちょうど三年生で転校した。小学校に入学してからほとんど三年単位で小中高と環境が変わっていった。転校して幼稚園が一緒だったゆうこちゃんがこっちにいてびっくりしたのを覚えている。


 季節が三回めぐる間いろんなことがおこる。一年だって一日だって一時間だって一秒だってそうだ。私は卒業式は泣けないか、泣きじゃくるかの二択だった。泣かないときは冷たい人だと言われ、泣きすぎたときはこっちが泣けなくなるじゃないかと言われた。思い出がフラッシュバックする。まるで映画館にでもいるかのように自分じゃ止めることができない。ジェットコースターのように締め付けられて安全ベルトがついて、上下左右に揺さぶられる。もうしばらくあんな気持ちになっていない。


 三年経ったら卒業式をあげよう。いくつになっても年の数え方が変わっても。一つの時間が過ぎていく、また何か始まっていくことに変わりはないから。教科書もないしパラパラ漫画がもうかけない。テストは時々あるかもしれない。宿題もたくさん出るだろう。大人は長いからちゃんと時々賞状をあげよう。そしてちゃんと時々泣こう。泣けないときは映画館やジェットコースターに乗ろう。

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卒業式 新吉 @bottiti

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