『機動核装甲カルブ・アル・アクラブ』上
海だ。
ビーチだ。
犬のウンコだ。
……マジでこの、常夏の島は、犬のウンコだらけだった。
砂浜、波打ち際、ちょっと深い底、波の上、無視できない密度でウンコが、太陽の光に照らされ、並んでる。
初めはウンコに見えるナマコかと思って手に取ったら、ホロリと崩れてスゲー臭かった。
これが人のでなく犬のだとわかったのは、目の前で踏ん張ってる犬がいるからだった。
ずぶぬれ、やせ細り、首輪だけがゴージャス、しゃがみ込んで、砂にお尻をこすり付け、それ以上は表現したくない。
そんな犬がゴロゴロいた。
このビーチはドッグラン、とかいう犬を走らせるやつになってるらしい。
その証拠と言ってはなんだが、飼い主らしい中年男女が派手なメイクと無駄に露出度の高い服で携帯端末をいじくりまわして、パシャリパシャリと写真を撮っている。
ここは『ヤパタ島』安い金で安いバカンスを楽しもうとして全部台無しにした観光地、夏休みにいったらがっかり間違いなしのゴミ捨て場だった。
これは比喩じゃない。
海側が犬のウンコだらけというだけで、島の内陸側は空き缶、空き瓶、ペットボトルに若干の粗大ごみが廃墟に詰め込まれていた。
その間の屋台が売るのは生ごみ、すえた臭いの魚、変色してトロミのあるジュース、後なんか生ごみ、犬とかトカゲとか焼いてる。
これで金をとるとはすごい。
正に未開の地獄、こんなところに、仕事だとのこのこやって来た自分が哀れで可哀そうだ。
慣れない
水は、このペットボトルと、持ち込んだのが三本、食い物は権益やらのせいで持ち込めてない。だから飲まず食わずか、自炊か、内部でまだましな店があることを願うしかない。もう、着替えないで、ホテルもキャンセルして、日帰りパターンで行こう。
と、計画してたら目の前で一匹の犬が倒れた。
まだ子犬だろう。シュッとした黒い毛並み、長い足、シェパードってやつだろう。ただし頭はチワワだ。すごくアンバランスで、小さい。
やはり犬には血統書が必要だが、この犬はもうすぐ血統が途絶えそうだ。
口から泡、飛び出た舌、ぐったりとして弱り切った眼、嘔吐に下痢も見える。
大概に出そうとする体の反応、中毒の症状、加えて吐き出したのが透明のなると、ざっと考えられるのは海水を飲んだんだろう。ほっときゃ死ぬな。
「きゃ――――ぽりーぷちゃん!」
どうするか見てたら派手でけばい中年女が駆け寄ってきた。
飼い主だろう。なら任せてよさそうだ。
「きゃーーーーどうしようどうしよう」
パシャリパシャリ、触れもせず写真を撮りまくる女、角度とか光源とか考えて撮影してる。そしてネットにアップして、何やらコメント乗せて、もう夢中で犬を忘れてる。
「どうかなさいましたかお嬢さん」
そんな女に声をかけたのは、なんか歯が白い男だった。
色々と個性があるはずなのに、輝く歯に全部持ってかれて認知できない。
「はいーーー、じつわぁ、あたしのぉ、犬がぁ大変なんですぅーー」
気持ち悪い話し方、下剥いて上目遣いで、あれは可愛いと思ってやっているのか?
この上ない異文化だが、相手の男には効果があったらしく、男の腕が女の肩を抱いて、どこぞへ向かい歩き出した。
……残されたのはぽりーぷちゃんだけだった。
ま、飽きられたおもちゃは捨てられる運命だろう。
そこへひときわ大きな波、揺れ、普通ではない何かを感じる。
「で、でたーーーー!」
男の声、それは悲鳴であり、歓声でもあった。
やっときた。日帰りもできそうだ。
喜びにペットボトルを投げ捨てて、俺は声の方へと走り出した。
だがすぐに足を止める。
走る必要はない。それほどまでに、相手は大きかった。
まだ遠くの外洋にいるにも関わらずわかる圧倒的巨体、近くに浮かぶ漁船がおもちゃに見える。
怪獣、その王の登場に、心の底から畏怖と尊敬と興奮が襲ってくる。
そう、ゴジ〇である。
海を割り、太陽を遮り、長い尾をくねらせ、一歩一歩海底を踏みながら、映画そのままのゴ〇ラがそこにいた。
ジョークじゃなかった。
巨大な生物、トカゲに似たシルエット、微量な放射能、そしてその場で一番強いものへの破壊活動、暴力の結晶、破壊の化身、この世の支配者、まさか異世界に、いや異世界だからこそ、そこに君臨していた。
来たかいがあった。
初めてこの島に、いやこの異世界に来たことに、心の底からこみ上げるものがあった。
ただフォルムは、猫背で前に出た口、長めの腕、これは日本版じゃなくてツナ食ってる方だ。スラングで言う〇ジラのゴを抜いた〇ラと言うやつだ。
……思考にノイズが入る。
原因は知ってる。ホワイトスティンガーズだ。
何かゾンビ食ってから調子が悪い。
暴走か、進化か、成長か、反逆か、少し数を減らすために海に来たのを思い出した。
だがそれ以上に、目の前の〇ジラしてるゴ〇ラの雄姿を眼に焼き付けておきたかった。
怪獣の王、ゴジ〇、それを倒せば、俺が次の王になる。
野望というには純粋すぎる俺の望み、高ぶる思いに、スティンガーズは黙る。
相手が生物なら寄生も可能、乗っ取るか、操るか、食いつくすか、やり方にはセンスが問われる。
「あ!」
誰かが声を上げ指さした先、漁船の大群がいた。
安物、最低限の装備と輪がる小型船たち。
だがその上には銃を、銛を、杖を持った男たちがずらりと並んでいた。
やられた。
彼らもハンターだ。
それも怪獣狩り専門、ゴ〇ラ狩の連中、先を越された。
あいつらに怪獣がやられるわけがないが、それでもケチが付いたのは事実、俺の手柄の数パーセントがあいつらに取られる。気に入らない。
後悔、悔しさ、思う目の前で、それは杞憂に消えた。
一閃、そう一閃である。
ぐるりと体を反転したかと思えば、〇ジラのチャームポイントである長い尾が、海面をかすめ、振るわれ、漁船を次々に叩いてひっくり返していった。
慌てて発砲、発射、発動、光と音とがまばらに表れ、だけどもすぐに海へと消える。
破裂音、漁船の一隻が爆発、炎上、それも波に飲まれた。
圧倒的な破壊、素敵だ。
……だが、ヤバいことになった。
船から漏れ出た燃料、それに引火し、比喩ではない炎の海が広がって、それが波に乗って島に迫ってきていた。
「「「おぉーー」」」
歓声を上げ、ひたすら写真を撮り続ける中年ども、中には動画を撮るものも、電話をかけて誰かへ燥ぎながら実況するもの、様々だった。
……背を向け全力で逃げ出せたのは俺だけだった。
あのコース、間違いなく上陸する。
待ちの破壊、絶望、その中で戦おう俺、未来の成功に口元をゆがめながら、背中に熱風を感じる。
響き渡る悲鳴は、俺の輝かしい未来へのエールに違いなかった。
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