『突撃! 隣が晩御飯!』上

 5番コロニー、デットライジング、元は難民救済用のシェルターだと聞いている。


 角ばったコンクリートの建物、アスファルトの道にカラフルで数字だけ描かれた看板、黄色いバスにオープンカーまである。


 一見すればアメリカあたりの街並み、その間を溢れて蠢くのはゾンビどもだ。


 朝のラッシュアワー、満員電車の車内、あるいはどこぞのスクランブル交差点、石を投げたら誰かに当たる的な表現もできる。


 だけども一番当てはまるのは、夏コミだろう。


 不健康で身だしなみに無頓着、臭くて汚くて、欲望に忠実、何よりも俺が参加したときの本以外を買い占めるような見る目のない目玉、反吐が出る。


 自分でも驚くほどの嫌悪感は、間違いなく体内のスティンガーズの影響だろう。


 奴らにとって死体は宿主にならない。それに、ゾンビの中には寄生虫が原因のものもいるらしいから、そいつらとの軋轢もあって、全身が騒めくのだろう。


 そんな汚らわしいゾンビどもを見下しながら俺が歩くのは、危ない橋だった。


 一定間隔ごとに駐められた大型のトラック、その荷台と屋根とに梯子や板を渡して何とか道としている。


 これが崩れたら、あるいは一歩踏み外したら、ゾンビの海にダイブしてゾンビにされる。


 笑えないアトラクションだ。


 こんなことするぐらいなら全部焼いてしまえとも思うが、酸素の貴重なコロニー内での大火はないなと自分で否定する。


 じゃああれならこれならと考えながら抜けた先、ビルが途切れて出た広い空間は恐らくは駐車場だろう。そこもゾンビでいっぱいで、その海に先、島のようにそびえたつのが目的地、青龍だった。


 ……当たり前だがショッピングモールは要塞ではない。


 多くの客が出入りしやすいよう通路は大きく、シャッターは最低限、壁がわりに大きな窓ガラスな場所もある。


 そこへゾンビが出たら逃げ込むよう、刷り込んだ往年の映画は罪作りだが、少なくともここは上手くやっているようだった。


 建物の周囲をぐるりと車とショッピングカートで囲い、さらに上の階から棚やら籠やら投げ重ね、なんとかぐるりと囲っているゾンビどもの侵入を阻止していた。


 完全に隔離された建物、唯一出入りできそうなのは、二階以上の割れた窓、そこに通じるこの道だけと、なかなかどうして、頑張ってるようだ。


 ここはここで面白そうだと、色々期待しながら先を急いだ。


 ◇


 ……期待外れだった。


 あまりの期待外れ間に、走馬燈が駆け抜ける。


 危ない橋を渡り、やっとたどり着いたショッピングモール、入った場所は小さなブースに分かれた専門店エリアらしいかった。だがそれら全部が金網状のシャッターが閉まっていて、通れる道は灯った懐中電灯が転がる一本道だけだった。


 それで薄暗い中、奥に入って角を曲がったところで急に背後のシャッターが落ちて閉じ込められた。


 そしたら男らがわらわら出てきた。みな共通して長そで長ズボン、その上に黄色いレインコートやエプロン、中にはバスローブを前後ろにして着ているものもいる。髪は短く、顔にはマスク、目にはゴーグル、手袋した手で構えるのは槍、箒の先に包丁を括り付けた手作りのやつを金網の隙間から俺に突き立ててくる。


 歓迎してる風じゃなかった。


「何者だ?」


 くぐもった声の質問に、俺は正直に応えた。


「安田ヒロシ、ハンターだ。ターゲットがここにいると聞いてきたんだが?」


 嘘偽りのない真実、にもかかわらず可笑しな名前だ、やれハンターは信用できない、悪口言われまくった。


 それでぴらりと紙と鉛筆がしたから差し出された。拾ってみると紙は数学ドリルの一ページだった。


「入れる前にゾンビかどうかテストする。全問正解で人間と認められる。くれぐれも間違えるなよ」


 言われて、癪だが、警戒することは悪くないと従った。


 正直微分積分出てきたら面倒だったが、出されたのは三桁の足し算引き算だった。


 暗算でできるような余裕な問題、さらりと解いて書いて渡したら大きく息を飲みやがったのを覚えてる。


「識字能力が欠如している。初期症状だ」


 言うや否や四方八方からぶっ刺してきやがった。


 確かに俺の字はお世辞にも綺麗じゃないが、それでゾンビ扱いとは、こいつらはもう人としての感情のない、死なないでゾンビに落ちてしまったらしい。


 そんなやつらに大人しく殺される気はさらさらなく、だから槍をへし折り、シャッターをこじ開け、騒ぐ男らを片っ端からスティンガーで大人しくしてやって、それでようやく中に入れた。


 ……ここまで苦労と屈辱に耐えて入った先、嫌でも期待が膨らむってものだ。


 それで、出迎えた女どもが、これだ。


 ゾンビ対策に長そで長ズボン、髪は短く角刈り、栄養状態が悪いから顔色も悪く、風呂に入ってない感が半端ない。


 ここまでは、いい。仕方のないことだ。


 問題は、何かみんなマッチョで引き締まってて、女っぽくないのだ。


 例えるなら、ガチの女子ソフトボール部みたいな感じ、あるいは競馬や軍隊みたいな男の世界に入ってきて男になってく女の感じだ。


 ひげ生えてても驚かない。絶対腋毛とか剃ってない。


 ぶっちゃけ男にしか見えなかった。


 一応、子供も奥の方にいるらしいが、俺の目の届くところまで出てくる気配はなかった。


 期待外れだ。


「あんたが、ハンターかい?」


 期待外れにがっかりしてた俺へ、声をかけてきたのは黒い肌の女だった。


 日焼けではなく人種としての黒い肌、彫りの深い顔、逞しく引き締まった姿は、戦士としての美しさだ。


 がっかりだ。


「そうだよ」


 雑に返す。


「来てくれてありがとう。あたしは」


「興味ない」


 つい本心が出てしまう。


「別に俺は、友達を作りに来たわけじゃないし、終わったら次がない限りここには来ない。さっさと仕事に入れ」


 命令、するつもりはないがそうなってしまった。


 気分を害されて奇声を上げて変身しながら襲い掛かられたらやだな、なんて身構えていたが……名前聞いてない女は寂しげに笑うだけだった。


「……今回の依頼は、あんたみたいにドライな方が向いてるかもね」


 泣きそうな顔、これで若くて可愛かったら罪悪感に悶えてるだろう。


「依頼はこの下のゾンビを一人、退治して欲しい」


「下? 入られてるのか?」


「えぇ、彼女は、ジェシーは、難民キャンプでお料理のお手伝いをしていて、その関係でここの従業員用のパスを持ったままなんだ。それで非常口を開けて入ってきてキッチンに、そこから時折登ってきて、仲間だったあたしたちを襲うんだ」


「それでも一人だろ?」


「一人とか強いとか関係ない。あたしらは仲間で、家族で、あたしにとっては姉妹みたいな間柄で、あたしのことをねぇちゃんねぇちゃん呼んでくれて、そんな天使みたいな彼女と戦えるやつはここにはいないんだよ。だけど、だからって、変わり果てた彼女をほっとけなくて、楽にして上げたくって、だから、外からハンターを呼んだんだ」


「……汚れ仕事のために?」


「それは」


「わかってる。任せろ。汚れ仕事は専門だ」


 お手伝い、天氏みたいで、興味がわいた。


 ◇


 昨今のゾンビ映画ブームは規制の問題から生まれたものだ。


 人を惨たらしく殺してはいけない。


 だけどもゾンビは死体で、ものだから、どんな壊し方をしても怒られない。


 だから人をたくさん殺すのが好きな観客がこぞってゾンビ映画に群がっているのだ。


もっとも、それでも子供は出せないらしく、そのラインが超えられたなら、次につながるヒット作になれるが、そこらへんは公序良俗になんたらで難しいらしい。


 規制とは無関係なカンパニーでゾンビというのはある意味で皮肉だが、やつらに殺すも壊すも子供も関係ないだろう。


 ……そう言えば、カンパニーには死体愛好家のグループがあるとか聞いたが、俺は真っ当だから興味はない。


 ただ、正しいことをしたいだけだった。


 死体だけに。


 面白いことを考えながら階段を下りて一階へ、借りた灯りで辺りを照らす。


 下は、思ったより綺麗で、空の棚が並んで、迷宮っぽかった。


 それで教えられたとおりに右へと曲がり真っすぐ、キッチンへ。


 照らし出された案内掲示板は『食堂』の文字が剥がれて『配給所』の文字が現れていた。


 なるほどここがシェルターなコロニーなら食い物も配給制、そのための建物がここだったらしい。


 思いながらその中へ、並ぶ椅子と机、鉢植えに奥にはカウンター、上にはメニュー、既視感のある食堂だ。


 その中の一つ、奥のキッチンに赤い光が見える。


 あそこだ。


 思い、懐中電灯を消して、足音を忍ばせ、向かう。


 ……そっと覗き込んだ無効、コンロの炎に照らされて、彼女はいた。


「ババァじゃねえか!」


 何もかも台無しにする俺の声、だけども叫ばずにはいられなかった。


 これで、ババァなゾンビでジェシーとかいうのが、こっちを向いた。


 期待どころかあらゆる最悪を塗り替える醜悪さだった。

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