ASAHI
田口 陽
第1話 サツキと義母
ガタンガタンガタンガタン…
電車の揺れはとても心地いい。それにぽかぽかする。
いつもなら、うとうとするか寝てしまうのだが、今日はそうもいかなかった。
サツキは今日の朝からずっと考えていたことがある。それはサツキにとってとても辛く、悲しいことだった。
6時限目の授業が終わる頃、サツキはようやく自分の中で決意することができた。
帰ったらそのことについてある人に言わなくてはいけない。サツキは緊張と不安と悲しさで頭がいっぱいだった。
最寄り駅に着くと足が重たく、胸が苦しくてサツキの心は折れてしまいそうだった。
自分の中で決意したかぎりは言うしかない、とサツキは自分に言い聞かせた。
家に着くと、いつもより重たく感じるドアを開けた。
「ただいまー」
自分がいつものように言えたのか、サツキは不安になった。
奥から返事は無く、聞こえていないようだった。
サツキは緊張しながらリビングのドアを開けた。それと同時にもう一度「ただいま」といった。
そこには煎餅をかじりながら新聞をよんでいる義母がいた。
私に気づくと「あ、帰ってきたのか。カレー作ってるから。」と素っ気なく返事をした。
サツキは中学校1年生の時に交通事故で実の母を亡くした。父親がいなかったサツキには帰る場所も無かった。
本来ならサツキの父親が引き取るところであるが、父と母は結婚をしておらず、父親には新しい家族がいることによりサツキは母の雄一の家族である姉に引き取られることになった。その人が現在の義母である。
サツキはここで言うしかないと思った。
震える手を固く握った。
「おばさん……あのね、私……ずっと考えてた事があるんだけど……」
声は震えていた。
義母は煎餅を食べるのを止め、新聞紙を置いて物珍しそうな顔でサツキを見た。
「私………………学校辞めようと思う」
サツキは目に涙を浮かべた。
ああとうとう言ってしまったと、もう後戻りはできないことを悟った。
義母は驚いた顔は見せなかった。
「そうかい。それでどうするんだい。」
義母は責めるような言い方でサツキを問い詰めた。
「……………この家を出ようと思うの」
義母は少しだけ驚いた顔をして、またすぐに戻った。
「もうおばさんに迷惑かけたくないから。だから……」
サツキは義母の顔を見れなかった。義母はサツキがこの家に来たときからずっとサツキを邪魔者のように扱ってきた。しかし、それでもサツキにとっては義理の母なのだ。義母に家を出ていくことを告げる事自体が後ろめたくもあり寂しかった。
「あんたがこの家を出てってくれれば私は肩の荷が降りる気持ちがするよ」
義母は置いていた新聞紙を手に取り、そこに目を落としながら言った。
サツキは、いままで義母が私に対して思っていた事を全て言われたように感じた。
「学校には明日私が話す。その時はおばさんに迷惑かけちゃうと思うけど、明日には出ていくから。」
義母は新聞紙に顔を向けたまま、もう何も言わなかった。
サツキはリビングのドアを開けた。
「荷物はもうできてるのかい?」
義母が後ろから聞いた。
「うん」
サツキは振り返らずに返事をした。
「そうかい」
義母の声はどこか寂しく聞こえたが、サツキは気のせいだと自分に言い聞かせてリビングをあとにした。
部屋に戻り、サツキは倒れるようにしゃがみこんだ。
サツキの目から涙が溢れた。
最初から最後まで自分のことを邪魔者としか見ていなかった義母のこと、本当に学校を辞めなければならないこと、この家を出てからのこと、色々なことが頭の中でごちゃごちゃになって心の中が慌ただしかった。
次の日、サツキは学校に義母と一緒に行った。そこで退学の手続きをした。
もちろんその日の授業は受けず、仲が良かった友達には何も言わずに帰った。
家に帰るとすぐに自分の部屋から荷物を取り、リビングにいた義母に挨拶をした。
「おばさん本当にありがとうございました。お世話になりました。お体に気をつけて下さい。」
サツキは深く頭を下げて言った。
「早く行ってちょうだい!」
義母はサツキのことを見ずに言い放った。
サツキは苦笑いした。
玄関を出た後、大きな深呼吸をしてサツキは歩き始めた。
ASAHI 田口 陽 @sachiare
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