第139話:最も宗司が恐れていること

その後リーダーに『じゃあ荷物は俺が転移魔法で家のテーブルの上にでも送っておくから』と伝えるとちゃんとお礼を言ってきたのだが…さっきから打ち上げに早く参加したくてソワソワしてるのは何となく分かっていたのでさり気無く勧めてやると、流石に俺の前では歩いていたものの扉が閉まった同時に人一人が走っていく気配を感じた。


まああの人はルナの年齢から逆算するとかなり早くにアーデルさんと結婚したみたいだし、いくらこの世界では大人扱いされるのが早いとはいえ色々と若い頃は我慢したこともあったんだろうからこういう時くらいは羽目を外したくもなるわな。


ちゃんと夕飯について奥さんに伝えてからそれをすべきだと思うって言いたところではあるけど、いくら勝ち確の戦争とはいえみんな心のどこかでは不安だったんだろうし、今回は俺が上手いこと伝えといてやるか。


ということでササッとアーデルさんのお店に行ってそのことを伝えた後そのまま城の方の居間へと転移するとマイカとティアがソファーに座ってファッション誌を読んでいたので


「アベルはどうでもいいとして、リーナ姉達とエメさんは?」


「イリーナさん達ならさっきセレスさんから今回の戦争での勝利を記念して屋台なんかは早速値引きセールを始めたから、もし何か買い物の予定があるなら早めに行った方がいいっていう連絡を聞いた瞬間飛んで行ったよ。もちろん今から食べるおやつを買いに」


流石は母さんの部下。もはや何でリアはあんなにちゃんとしてるのか不思議に思えてくるレベルを通り越して逆にあの子がおかしいんじゃないかと思えてきた。


「ってことはエメさんも買い物に行った感じか? いや、でも今日の夜ご飯はこっちで用意するって言ってあるし、少なくとも明日は余裕で何とかなるだけの食材が冷蔵庫に入ってたよな」


「イリーナ達がおかしいだけでわらわ以外のメイドは全員朝早くからずっと仕事をしっておったんじゃから今は部屋で休んでおるに決まっておろう。じゃから間違ってもあやつの部屋になど行くでないぞ」


「……確かにそれもそうか。んじゃあ大丈夫だとは思うけど、あんまり動き回って起こしても悪いしこの部屋で新聞でも読んで時間を潰すかな」


なんて最後の方は完全に独り言になっていたがそんなこと気にせずテーブルの上に置いてあった今日の新聞に右手を伸ばした瞬間、それをティアに掴まれたかと思えばそのままマイカと自分の間に無理やり座らせられた挙句


「この後また学校に行かねばならんのは分かっておるが、少しでも休む時間があるのならちゃんと休むのじゃ。……まったく部下には打ち上げをさせてやったり、一緒に寝るフリをしたかと思えばコッソリ抜け出して自分はまだ仕事をし続けようとするとかお主はアホかの?」


「でもこの間テレビでどっかの会長が『社員の待遇をよくするのは一番大事な投資』とか言ってたし。何もこれは部下にだけじゃなく自分の婚約者にも言えることなんだから、俺が頑張るのは当たり前だろ」


特に何も考えずただただ自分の気持ちを口にすると、今度はマイカが左手を握ってきた後真剣な顔でこっちを見ながら


「ねぇ、ソウジ君。ソウジ君は何でそこまで他人に、特にあなたの婚約者である四人に対してそこまで気を使ってくれるの?」


「………………」


「ティアが心を読もうとしてもブロックされて分からなかったその理由、私が当ててあげようか?」


やめろ。


「怖いんでしょ? 婚約者である私達に嫌われるのが」


やめろ、やめろ。


「今はみんな優しくしてくれてるけど、いつかは自分もあの人達みたいになっちゃうんじゃないかって」


やめろ、やめろ、やめろ。


「同じ道を辿らないようにするには兎に角自分を犠牲にしてでも尽くして尽くして尽くし続けて……、そうすることによってソウジ君は相手の為に頑張っているだけでなくと勘違いをしていることにも気付かず―――」


「じゃあ一体どうすればいいんだよ‼」


ことあるごとに家事を一切しないくせにだなんだ嫌味を言われ


嫌味を言われたから反省して次から手伝おうとすれば『洗濯物の干し方が違う』『二度手間になるから何もするな』だの言われ


反省して次は何もしなければまた同じ嫌味を数日に渡って永遠と言われ続け、今度はちゃんと同じようにやったのに何故か嫌味を言われ


「そんな自分の旦那が気に食わないっていう理由だけで意味不明な当たり方をして、それをやられてる方の我慢の限界がきた時にお互い大声で怒鳴りあってる様子を間近で21年間も見続けてきた俺が将来そうなるのだけは嫌で、そうならない為にならいくらでも頑張るのは当たり前だろうが‼ それのどこが自分の為じゃねえって言うんだよ、ああ゛⁉」


「確かに今の状況を維持し続ければ何十年、何百年、年千年って幸せな家庭環境が続くかもしれないけど、結局それってソウジ君の犠牲の元で成り立ってる幸せじゃん。そんな幸せが本当に自分の為になると思ってるの?」


「なるね! 絶対になるね‼」


それにあの二人の仲が悪いのは『誰のせいでこんなことになってると思ってるの?』ってよく母親に言われてことからも分かる通り、出来の悪い息子のせいでもあったんだからその俺が常に完璧を追い求め続ける限りは何の問題もないだずだ。そうに決まってる。


「なるほどのう。これが年齢のわりに子供っぽくなったり、逆に大人っぽくなり過ぎたりする理由じゃったか。(……普段はブロックされておった部分でも今のこやつなら簡単に心を読めことができるわい。ついでじゃからこの前マイカが言っておったアダルトチルドレンとやらに該当するのか調べさせてもおらうかの)」


あん? なんかティアが言って―――うぉ⁉


今の俺は自分より実質5歳も年下の女の子相手だというのに大人げもなく怒りに任せて喋っている状態なので突然マイカ以外の人が喋っても上手く聞き取ることができないため意識をそっちに持っていこうとした瞬間……


それよりも早く誰かが俺の頭を自分の胸元へと引き込み、そのまま絶対に逃がさないといった感じで両手を使ってそれを抑え込んだまま


「そう思うのはソウジ君が今までそういった家庭環境で育ってきて、それしか解決方法を知らないからであって……少なくとも私は貴方の為にならないと思ってる」


「………………」


「それにさ、現段階でソウジ君にはお嫁さんが四人もいるんだよ。つまりそれって既に五パターンの夫婦・家族関係が貴方の周りに存在しているってことでしょ? しかも各自が今まで見てきた良いところも悪いところも全部合わせたら数えきれないくらいになるのに加えて、うちにはエメさん達っていう家族もいるんだよ。これだけそれについての情報があるんだったら、結構簡単に世界一幸せな家庭を築けそうじゃない?」


………確かに。


「でもね、それを目指すには誰か一人が頑張ってるだけじゃ駄目。これを目指すには私達全員で協力しなきゃいけないの。だからもう少しソウジ君は我が儘になってもいいというか…もっと人に頼っていいんだよ」


「(どうやらこやつは軽めとはいえアダルトチルドレンのようじゃから、急にそれを求めるのはちと難しいかもしれんぞ)」


「んー、じゃあまずは仕事とか自分の立場を全部忘れて一緒に寝よっか。まだ学校に行くまでは時間あるよね?」


そんなことをマイカが聞いてきたあと、抱きしめられていたことによって感じていた人の温かさや感触、心音などが心地よすぎてあまり動きたくなかった俺はそのままソファーで寝てしまった。

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