第130話:全てはここから始まった

それからしばらくティアは何も喋らずただジッと後ろから抱き着いたままの状態を維持してくれているお陰で別に本人は狙ってやっているわけではないのだろうが、かなり落ち着けている反面近くから自分にもやらせろという無言のプレッシャーがミナとリアから感じ取れるのがちょっと怖い。


ちなみに城内メンバー+マリノから借りてきたメイド十人は全員何も手を加えていない朝ご飯を食べているはずのなのに平常運転なのは流石としか言いようがない。


つか、セリアはまだしも他の四人も普通に戦場でも関係なしに配給の手伝いをしたり後片付けをしてるとかもう俺と立場変わった方がよくない? あとユリー達三人もマイカとティアからおにぎりとみそ汁を貰ってたみたいだから鎮静魔法は一切かかっていないはずのなのに、今度は俺になんのケーキを買ってきてもらうかで盛り上がってるし。


「あの三人は周りの者達に比べてかなりレベルが違うからのう。前にも言ったがあの者達を基準に動いてはならんぞ」


「はいはい、分かってま―――」


すよ。と言おうとした瞬間、実はさっきからお互い睨み合い状態と言えるくらいには近くに待機していた勇者率いる最新軍用兵器をお持ちのクロノチアの軍勢…計101人を代表して坂本香織様らしき人が戦車の中から魔法でも使って取り付けたのか拡声器みたいなものを通して


『ヴァイスシュタイン軍の皆様にお伝えします。別に私達は貴方達に危害を加えたいわけではありませんので、大人しく降伏してくださるのなら兵士の皆さま並びに国民全員の安全を保障いたします。……繰り返しお伝えします。私達は貴方に危害を――――――」


「なにか言うておるがようじゃが、このまま放っておいてよいのかの? お主がここに着いてすぐウチ・マリノ・スロベリア・クロノチアの四カ国の至る所でこの場所のリアルタイム映像を見れるようにしたせいでこの呼びかけも全て垂れ流し状態じゃから、こちらが一方的にやってしまうと少々印象が悪くなってしもうかもしれんぞ」


そう思うならまず戦場で抱き着くのを止めてくれませんかね。別に俺としては嫌どころか結構助かっているので何も言わないでいたけど、この状況もずっとその四ヵ国の至る所で見られてるんですけど。特にマリノの城の会議室なんかでは二ヵ国の重要人物が勢揃いしてこの戦争を見てるらしいですよ。


今回の件に関しては断トツでウチが有利なのを使って、この間のパーティーみたいに舐め腐った奴が二度と現れないようにとミナがお願いという名の命令をしたらしいけど。


「さてと、勇者を無理やり戦車から引きずり出して勇/者にするのと、そのままオーブン焼きにするのどっちがいいと思う? あっ、悪い耳聞こえなくなった」


そんな言葉と同時にティアが気を利かせて俺に読唇魔法をかけてくれ、それを察したのかもしくは何かを聞かされたのか分からないがいつの間にか隣にきていたらしいミナとリアが自分の口元を見えるようこちらを向き


『大丈夫ですかご主人様。大丈夫なようなら取り敢えずティア様とイチャイチャしながらも何やら真面目そうな話をしていたようだったので我慢していた私の頭を撫でてください』


『リアーヌだけズルいです! 私もずっと我慢してたんですから私にもいい子いい子してくださいよ‼』


敵陣を目の前にしてそんなこと言ってるとまたお母さんに怒られるぞ、ミナ。母さんの場合は知らんけど。まあやれと言うのであれば私はやりますけどね。ということで俺は椅子から立ち上がって二人の頭を撫でてやった後自分の右手にはおたまを召喚、左手は手のひらが勇者の方を向くようにシュバッと振りかざしながら魔法で声量を調整し


「ってことで勇者はオーブン焼きで決定! 喰らえ、アッロスティーレ‼」


そう俺が言った瞬間勇者が乗っている戦車の周りに結界を張られるや否や、パッと見ただけでも認識できるレベルの陽炎がその中でゆらゆらと揺れ始めた。


『坊主ならやってもおかしくないとは思っていた、思っていたけども……自分の嫁の頭を撫でたスグ後になんの前振りもなしに敵を殺しに掛かる奴が普通いるか⁉ 敵どころかうちの騎士団員は勿論、さっきまでお前の隣でデレデレしてた二人の顔も若干引き攣ってるぞ!』


「ああ゛っ? 一々攻撃するのに宣言する馬鹿がどこにいるよ。んなことをするのはス○パーヒーローか仮○ライダーかプリ○ュアくらいだろ。それで黙って待っててやった挙句殺される敵も敵だけどよ」


『そうじゃそうじゃ、あの間抜け勇者じゃって降伏を促すにしてもある程度こちらの戦力もしくは戦意を喪失させてからやればよかったものを、己の力を過信しきって舐めてかかるからあのような醜い悲鳴を上げながら苦しんでおるんじゃろうが』


おいおいマジかよ。あの勇者そんなに酷い声を出しながら苦しんでんの? 正直今あの女が高熱によって皮膚がドロドロに溶けているであろう姿を想像するだけでも結構キツイのに、そんなもんが見える所に出てこられたら今度は視力を失いそうだぞ。


………取り敢えず外に出られないように戦車の中に閉じ込めておこう。もう遅いかもしれないけど。


『なんというか、初めて私達と会った時のソウジ様と今のソウジ様が同一人物だとは思えないほどの変わりようですね』


『と言いますより、ここまでガラッと変わられると何がこの方をそこまで変えてしまったのかが気になって仕方がないのですが……』


いくら二人して期待の眼差しをこっちに向けてきても恥ずかしいから何も言わねえぞ。


『これはコヤツに言うなと口止めされておったのと、わらわに対しての言葉でもあったので独り占めし続けるつもりだったんじゃがの』


なんだよいきなり不安を煽るようなことを喋り始めたかと思えば今度は黙ってスマホなんか弄りだしやがって……ってそれどう見てもボイスメモの画面じゃねえか!


「おいお前一体何を録音して何をみんなに聞かせてるんだ⁉ クッソ、なんも聞こえねえ」


『安心せい。ちゃんと周りに消音結界を張っておるからここにおる四人以外には聞こえておらん』


「何も聞こえていない状態でそんなこと言われても全然安心できねえよ! おい聞いてんのかティ―――」


この後録音を聞き終えたミナとリアは満面の笑みでソウジに抱き着き、同じような顔のアベルは後ろから頭を乱暴に撫で出したのだが、周りで一応敵陣を警戒している味方の騎士団員一同はもちろんリアルタイムでこの様子を見ていた人達には一体何が起こったのか分からなかった一方でこうも思ったらしい。


あっ、この戦争確実にヴァイスシュタイン側が勝ったわ……っと。






マジでこの三人が何を聞かされたのかは知らないが結局分からずじまいのまま五分ほどが過ぎ、一番最初に離れたのはアベルだったのだが…その後如何にも今思い出したはみたいな顔をしながら敵陣の方を見た後、もう一度こちらに向き直り


『いつの間にか勇者が戦車ごといなくなってるんだけど⁉』


「お前が俺の頭を乱暴に撫でてる間に間抜け勇者が骨だけになったから、こっちに転移させた後人体模型みたいに組み立てて俺らの後ろで空中浮遊中させてるぞ。もちろん防御結界が張ってあるからそこら辺もバッチリよ」


そう教えてやるとアベルは素直に目線を上の方に向け、それからスグに目線を戻したかと思えば今度は呆れ気味に


『じゃあ戦車が消えた理由は…勇者が死んだんだから当たり前か。んじゃあ、あの残された敵兵百人が一人ひとり結界の中に閉じ込められている挙句、全員が真ん中を見るように大きな円を組まされている理由は?』


「それはこれからのお楽しみ。あとついでに教えておくと、あの百人には俺が直々に鎮静魔法をかけておいたから滅茶苦茶冷静なはずだぞ」


『んなら最後の質問だけど、その両手に花状態はなんだ? 確かに最初は姫様とリアーヌから抱き着いていったけど、なんで今となっては坊主が二人の腰に手を回して抱き寄せてんの? いやマジで』


「なんでって、そりゃー好きな子から抱き着かれればやり返すだろ普通」


まあ明らかにこの行為が普通じゃないのは分かってるけど、こういう時にくっ付いててくれる相手がいると凄く安心するんだよなぁ。本当は自分から抱きしめてる時が一番安心するんだけど…というのは既にこのことがバレているマイカ以外には内緒である。

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