第十二章

第129話:通常運転に見えて……

傀儡勇者に宣戦布告した次の日は学校に行った後孤児院に顔を出したり買い物をするだけという緊張感もへったくれもない極々普通の日常だったのだが、次の日からはやれウチ・マリノ・スロベリアの三ヵ国会議だ国民に向けての挨拶だ戦争に向けての準備だと連日大忙し。


しかもそれとは別に学校や卒業研究も並行してやらなければいけないからマジで過労死するかと思ったわ。まあ今はただ椅子に座って頬杖つきながらぼ~と高台から更地を眺めてるだけなんだけど。


「ってことで寝ていい?」


「いいわけねえだろ‼ さっき国に残ってる情報部からそろそろ敵陣が到着するって連絡が入ったばっかりなのに、どうやったらそんな結論にいたるんだよ‼」


とアベルが大声で言っているように敵陣を監視中の情報部によればもう少しでこちらに到着するらしい。ちなみにあっちは宣戦布告を受けた後速攻で準備を整え、数日掛けて近くの森まで移動し待機。そしてこちらがこの高台に朝四時ぐらいに転移魔法を使って現れると傀儡勇者が人工衛星でも使っていたのかそれと同時に進軍し始めた。


「今は朝の八時半で到着予定時刻が九時ちょい前。そこから学校に行って帰ってくればいい感じだから、一気に殲滅してからのクロノチア・スロベリアへと乗り込んで……まあ余裕で五限の授業には間に合うか」


「いつもは学校をサボろうとしては無理やりマイカに行かされておるというのに、なんでこういう時は行きたがるんじゃ? 逆に今日こそサボるべきじゃろうて」


「逆になんでお前はエメさん達はもちろん、マリノから借りてきたメイド十人に朝ご飯の準備から片付けまでの一切を手伝わずにここにいるんだよ。一応名義上はお前もメイドだろうが」


「どこぞのパンが嫌いな我が儘ご主人様のためにわらわが皆の代わりに味噌汁を作ってやったというのに随分な言いようじゃのう。(……おにぎりを作ったのはマイカじゃが)」


最後の部分は小声だったせいでアベルには聞こえなかったようだが、見た目はだら~としているものの実は朝目が覚めた時から一瞬も気を抜いていないどころか少々五感を魔法で強化している状態の俺にはちゃんと聞こえており


「可愛い過ぎかっつうの」


(久しぶりにティアが作ってくれた飯を食ったけど相変わらずの美味さだったからまた作ってくれよ)


「あ? いきなりに言ってんだ坊主。さっきから頭がおかしいおかしとは思っていたけど、やっぱり逝っちゃってたパターンか?」


「少なくとも戦争前でも変わらず朝飯をお代わりしてるお前よりは大丈夫だから安心しろ。……なあ、ティア」


「そっ、そんなこと知らんわたわけ! わらわは食器を洗ってくるからお主らは少しそこで大人しくしておれ‼」


普段は大人の余裕みたいなのを出してるくせに今日は耳まで真っ赤にしちゃって、カッワイイ~。


「師匠が坊主相手に怒鳴るなんて珍しいな。後ろを向いてたせいで顔は見えなかったけど」


パッと見た感じアベルを含め男共は全員見えてなかったみたいだけど、明らかに『みぃ~ちゃった~』みたいな顔をしてる子が一人だけいるな。しかもその顔でこっちに近づいてきてるし。


「ソ~ウジ君♪」


「なんの御用でしょうかマイカ姫」


「んー、別に用事ってわけではないんだけど…私が握ったおにぎりの感想を聞こうかな~と思って」


出たよ魔法を一切必要としない特殊能力、女の感。確かに俺はティアに対して念話を使ってみそ汁の感想を言ったけど、間違いなく他の人には聞こえていないはずなんですけどねぇ。


「……普通」


相手が自分の婚約者であっても可愛いと言うのが恥ずかしいのと同じで滅多に料理の感想を言わない人間なのでそう言うと、マイカは両手を後ろで組んだまま少し前かがみになって座っている俺と目を合わせながら


「ん~?」


「………………」


ぷい。


「ぶっははははは、相手は自分の婚約者だってのに見つめられただけで耳まで真っ赤にして顔を背けるとか坊主も結構可愛いとこあるじゃんか。いつもは生意気で何がこようとも余裕ですけど、みたいな雰囲気を出してるクソガキのクセによう。えぇ?」


こんにゃろう、絶対ワザと周りの奴らにも聞こえるように喋りやがったな。お陰で戦闘に向けて準備中だった騎士団の連中がチラチラこっちを見てきてるじゃねえか。……絶対いつか仕返ししてやるから覚えておけよ。


「あーあ、アベルさんが余計な茶々を入れるからソウジ君が拗ねちゃったじゃないですか。これはもう最悪戦争なんて放棄してお家に帰っちゃうかもしれないレベルですよ」


「いやいやいや、流石に頭のネジが百単位で抜けてる坊主でも流石にそれは……普通に有り得るな。おいゴラッ‼ よそ見なんかしてないでさっさと自分の武器や防具の最終確認を進めろ! 終わった奴は二回でも三回でも繰り返し確認しろ!」


人のことをどれだけ頭の狂った奴だと思っているのかは知らないが少なくとも今回の戦争くらい簡単にすっぽかしかねないと考えたらしいアベルはそう大声で言いながら、それでもこちらをチラチラ見ている奴らの頭をぶん殴りに行った。


ついでに顔を背け続けていた俺もマイカに右手を取られ、そのまま人気がない場所まで引っ張られていった。






その後マイカによって素直に美味しかったと言うまで元いた場所へは帰らせてもらえなかったどころか、建国宣言前日の朝に解説してやった吊り橋効果的なやつに独自のアレンジを加えたものを実践されてしまった。しかもそのアレンジ具合がやたらと俺に合ってるもんだからちょっと良かったとか思わされたし。


なのでどうやって仕返しをしてやろうかと考えながらさっきまでいた場所へと戻ってくると、この間俺のことを馬鹿にしてティアに殺されかけた四人のうちに一人とたまたま目が合ったと同時に情報部にいるリーダーからインカムを通して敵が何時仕掛けてきてもおかしくない状態になったと連絡が入ったので


「なんか敵さんが準備できたっぽいからちょっとこれ被って行ってきてくんないか?」


「一人でとか絶対に嫌ですよ‼ というかなんですかこの頑丈そうなヘルメットは⁉」


「kar98kで一発頭を撃ち抜かれようと死なずに済むことで有名な3ヘルだろうが。そんなことも知らないようようじゃ何時まで経ってもド○勝は食えないぞ」


最初はみんながどれくらい緊張してるのかなどを測ろうと思って冗談で言ってみたのだが、医療班として呼んでいる婆ちゃんを始め病院の人達がこっそり料理に混ぜておいた鎮静魔法が効いているのか結構ノリよく


「確かにkar98kは一発までなら耐えられますけど、相手がAWMを持ってたらどうするんですか⁉ あんなもんでヘッショ喰らったらワンパンですよ! 脳みそグチャグチャですよ‼」


………魔法が効きすぎなのか何だかは知らねえけど逆にここまで平常運転だと怖くなってくるな。


そんな感想がパッと出てくるくらい内心動揺している俺は咄嗟にポーカーフェイス魔法を使い表面上だけは普通を装い、取り敢えずここは適当に誤魔化そうかと思った瞬間後ろから近づいてきていたらしいティアが早く自分の持ち場に戻るよう促すとそいつは素直にみんなの元へと走って行った。


なので俺もそのままの状態で自分の椅子に座ると、後ろから誰かに抱き着かれたのと同時に首元に暖かくて柔らかい感触と鋭いものが刺さる感触がしたかと思えば


「かぷっ……じゅず、じゅずず、んふぅー…ふぅーっ、……んぐっ、ぷはぁ…ぁっ、はぁーっ」


「毎回毎回吸血する度にその無駄にエロい声を出すの止めてくれません。しかも戦闘前に人の血を吸うとか貧血で倒れたらどうしてくれるんですか?」


「お主は初めての経験じゃから知らんじゃろうが、今回のように戦争が近づいてくると前線に赴く人間はよっぽどの自信がある者以外はどんなに魔法で治療してもあのように頭が変になってしまうのじゃ。……じゃから先ほどの感情はいたって正常じゃし、逆にあの者と話すまでは何もしておらん状態で取り乱さずにいたお主は中々大したものじゃぞ」


「毎日どこかの誰かが模擬戦で死ぬ一歩手前まで追い込んでくれるお陰でそんなものはとっくに慣れたし、最初からうちの人間は一人も死なせない自信があるから別に何とも思っていなかったけど…他の人達のことまで頭が回っていなかったのと、この件に関して知識不足だったのは完全にミスだ」


しかも後者なんかマイカ以外には誰にもバレていないだけで、あの子にそのことを気付いてもらえていなければ今頃どうなっていたか分からないくらいだ。


「普段は適当そうに見えて実は人一倍真面目で責任感が強いのはよいが…少々完璧を求め過ぎじゃ。まったく、お主のハーレムは自分の女子とイチャイチャする為だけにいるんじゃなかろうて」


そんなことは分かってるし最近は出来る限り他の人の手を借りるようにしてはいるけど、どうしても自分の気持ち? みたいなものが深く関わってくればくるほど中々伝えることができないんだからしょうがないだろ。


さっきもマイカが気付いて無理やり人がいない所に連れて行った後上手くフォローしてくれたから良かったものの、あれがなければ徐々に近づいてきていた限界が作戦中に爆発していた可能性が高かったからな。


そしてもしそうなっていたら……この戦争という状況も相まってティアが全力で止めに入る状態になっていたのも確かだろう。

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