第119話:マイカには分かって他の四人には分からないこと

何事も認めなければ何の問題もない。例え目の前の女の子に俺の気持ちがバレていようと。


そう自分に言い聞かせていることに気付いているかのようなタイミングで、しかも今の俺の気持ちを理解したうえで安心させようとするかのような声のトーンで


「本当は怖いんでしょ? 今回の戦争で自分の仲間が死ぬかもしれないことが」


「怖くないと言えば嘘になるがそれでも戦場に連れて行き戦わせることが、そして自軍の被害を最小限に収めるのが俺の仕事だ。んな60人も戦場に投入する予定なのに一々誰かが死ぬかもしれないから心配だのなんだの言ってられるか」


ふざけんな。俺はさっき死ぬかもしれない人を自分のお粗末な頭で選抜して、それを自分の口で発表してきたんだぞ。


自分は助かったと内心喜んでいる者の顔を


一人静かに覚悟を決めている者の顔を


喜びと絶望が入り混じった空気を


まるで俺が選ばなかったことを感謝するかのような視線を


絶対に生き残ってみせるという強い視線を


もう駄目かもしれないと言いたげな弱々しい視線を


……合計128人分の様々な感情をこの体で、五感で、自分で自分を制御できなくなるまで感じておいて何も思わないはずがないだろうが‼


「本当は誰かに自分の苦しみを伝えたかったのに…今日もまたそれが出来なかったんでしょ?」


「俺は何かあればミナ・リア・セリアのうち誰かに甘えてることはマイカも知ってんだろうが。……まあ確かに戦闘関係はちょっと色々と隠してる都合であれだけど、それだっていつもティアに話を聞いてもらってるんだからそれはマイカの勘違いだろ」


仕事で行き詰った時でどうしても我慢できない時はあの三人に甘えさせてもらってるし、模擬戦で半殺しにされて痛みに苦しんでる時はいつもティアが優しくしてくれる。


そして何よりあいつは婚約者三人には出来ない部分…模擬戦みたいな自分のキャパを軽く超えるようなことをやろうとしても大抵は黙って協力してくれるている。ちなみに例のルーティーンなんかもそれが関係して生まれていたりもする。


「確かにミナ・リア・セリアの三人はソウジ君のことをとっても大切に想ってるし、どんなことだって相談されれば親身になって話を聞いて慰めてくれると思う。でも生まれ育った環境が違うせいでどうしても感じ方に大きな差が出てくる。例えば戦争で自分の国の騎士が死ぬことについてどう感じるか…とか」


恐らくあの子達は自国の騎士が戦死した時、ある程度ショックを受けはするだろうが同時に素でこうも考えるだろう。『被害がこれだけで済んでよかった』、『自分の仲間が死んだことは悲しいが仕方のないことだ』、『今回の戦争で空いた穴を早く埋めなければ』と。


これを聞いて『それはちょっと……』と思う人もいるだろうが彼女達からすればそれが普通だし、何よりそういう思考にいたらなければいけない立場にいるのだ。


「そうだな。だがさっきも言った通り俺の傍にはティアが―――」


「薄々ティアもミナ達と似たような立場出身なんじゃないかって思ってるんでしょ?」


「………………」


まあ十中八九そうだろうな。品格やオーラというものは普段のちょっとした態度や仕草に現れるものだがあいつは明らかに俺達一般人とは違いミナ達に近しいものを感じることがよくあるし、何より自分が王族教育を受けることによって日に日にそれは確信に変わりつつある。


それに加えて俺が元ボハニアを乗っ取った日に行った新役職発表の最後の方。あの時の話しの流れとしては俺の考えは国王として見ると甘すぎるから~というものだったというのに、アイツは当たり前かのように『……これはわらわもこやつの教育を手伝った方が良さそうじゃな』と言ったのだ。


そしてそれを聞いたリアは静かに一度だけコクリと頷いていた。まるで『お手伝いよろしくお願いします』と無言で伝えてるかのように。


なんて考え事をしているうちにマイカが自分の左手を俺の腰に回したまま右手は後頭部を撫でている状態に変わっていることに気付いたと同時に俺の理性が戻ったらしく、体が無意識で離れようとしたのだが


「こらこらこら、何私から離れようとしてるの。さっき捕まえたって言ったでしょうが。それに…私が好きになって、この人なら一生支え続けてあげたいって思った人が暴れまわることで何とか自分の精神状態を維持してるところを見ちゃったら尚更離れるわけないでしょ。……例え今はまだソウジ君にとって婚約者として考えれば都合のいい女だとしか―――きゃっ」


それを最後まで言わせてはいけないと思った俺は先ほどとは真逆の反応を、つまりは今までぶら下げたままだった両手をマイカが俺にしてくれているのと同じ風にし


「凄く良い子で可愛いだけじゃなく、今まで誰にも気付かれずに隠し続けてきていた俺の気持ちに気付いてくれたような子からアピールされ続けてたら…気にならないわけがないだろうが」


そう耳元で囁くと顔を後ろ側に引くために力を込めたのが自分の右手に伝わってきたので『もしかしてお気に召さないことでもありましたか?』とか不安になりながらもそれを離すと、お互いの目と目が合う状態になったと同時にマイカが自分の服の袖で俺の唇を優しく数回擦ったあと


「そこまで言うのなら言葉だけじゃなく、しっかり態度でも示してほし―――ちゅ、んんっ⁉ ちゅっ、ちゅ……っ」


「………取り敢えずこれでいいか?」


「んー、不意打ちのキスまでは良かったけどその後の対応が微妙かな~。でも不意打ちにはキュンときたから今回は特別に合格にしてあげる」


人に抱き着きながら合否を言い渡すとか絶対ティアの真似だろ。あれをする時はいつも周りに誰もいないはずなのにどうやって知ったのかは分からねえけど。


「ということでこのままソウジ君のお家に連れてってほしいな~。もっと言うと綺麗な夜景を見ながらお湯につかれるという噂のお風呂とか」


「色んな人の犠牲のもとに成り立っているという噂の夜景ですか。んなもん見ても全然楽しくねえぞ、ってことで城の風呂でいいだろ。マイカも知っての通り寄り道をしている状態だからこのまま日本に行ったら間違いなく面倒くさいことになるからな」


「それに関してはこっちに来る前にみんなにソウジ君の家に行ってくるって言ってから出てきたし、何よりこのまま戻ったら大騒ぎになること間違いなしだよ」


はあ? 別に手でも繋いで帰ればマイカが俺にフラれたなんて考える人はいな―――っ⁉


「なんでもっと早く言わねえんだよ! 馬鹿じゃねえの? こんだけ血塗れなら近づいてきた時点で不快過ぎて気付かないわけがねえだろうが‼ つかこっちが離れようとするのに比例して抱き着く力を強めるな! 取り敢えず魔法で時間を戻して綺麗にしてやるから早く離れろ」


「たとえどんなにソウジ君が血塗れだったとしても私は絶対に離れないし、少なくとも今日に限ってはそんな魔法を使ったら許さないから」


この子は基本外から来た人達と会議をする時以外は私服を着るようにしているので洗濯自体は家でも出来るのだが


「だったら尚更早く離れろよ。じゃないとどんどん血を吸って手遅れになるぞ」


「じゃあ急いで服を脱いで…そのままだと今度は風邪をひいちゃうかもしれなくて、けどけど血塗れのソウジ君も同じような可能性があって……、これはもう一緒に入るしかないよね♪」


・時間を戻す魔法は禁止

・城のみんなには俺の家に行くと言ってからここに来ている

・このことにより俺が真っすぐ家に帰らなかったことを理由を誤魔化すことが出来る反面、こちら側が選べる選択肢は一つしか残されていない


つまり………。






「じゃあ今からシャンプーを洗い流すから目を瞑っててね~」


マイカによる完璧な作戦により完全敗北した俺は日本の方の家に、しかもいきなり一緒にお風呂に入ることになった挙句頭まで洗われている始末である。


なんで自分の周りに集まってくる女の子は全員恥じらいがないというか、積極的な子ばっかりなわけ? お陰様で俺だけ恥ずかしがってるのが馬鹿らしくなって、最近では感覚が麻痺し始めてきてるんですけど。


とか考えているうちに今度は『はーい、じゃあ次は体を洗うから、ちょっとくすぐったいかもしれないけど我慢してね』とか言いながら最初に背中を素手で洗い始めたのでもう完全に諦めて勝手にやらせていると、そんなに時間が掛かることもなく後ろ側は全て終わってしまったので


「おい、あとは自分で洗うからマイカも頭なり体を―――っ⁉」


「折角一緒にお風呂に入ってるのに後ろだけ洗ってあげて、『じゃあ前は自分でやってね』なんて言うわけないじゃん。ということで今日ぜ~んぶ私が洗ってあげる♡」


その後次は俺がマイカの頭と体を素手で洗ってやったのは勿論のこと、お湯に浸かりながらイチャイチャしたり、そのままベッドへ移動したことは言わずもがな…というやつである。

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