第115話:いってらっしゃい

リアにスマホの件を教えた流れで並行思考魔法を使い俺の考え得る最悪のパターンに対する新しい対処法を考えながら書類を読んでいると…俺が座っている向かい側に立っていたリアが左手を机の上について身を乗り出してきたかと思えば、そのまま右手の親指と人差し指で挟んで持っている何かを俺の口に優しく押し込んできた。


「………なんだよいきなりチョコなんか口に入れてきて」


「なんだかご主人様が怖い顔をしていらしたので……。そんなソウジ・ヴァイスシュタインとしてのオーラを纏わせたまま学校に行かれてはご学友に驚かれてしまいますよ」


「どんなオーラだよ。俺は何時でも俺だっつうの」


大体初めてブノワの親父に会った時なんかただのクソガキ過ぎて無茶苦茶舐められた態度を取られたくらいだからな。あれから少しは成長したとはいえそんなもんあって無いようなもんだろ。


「確かに初めて会ったばかりの頃のご主人様は一般人として見れば教養がしっかりしているものの、王族として見ようとするとどうしても粗さや足りない部分が目立ってしまいここから取り敢えず最低限までに持っていくにしてもかなりの時間が掛かるだろうと私達は思っておりました」


「幸か不幸かうちの親はそこら辺五月蠅かったからな。まあリアの言う通り貴族様から見たら全然だったんだろうけど」


クロノチア側が何やら怪しい動きを見せ始めている…ねぇ。ルナに貰った建築チートを使って情報部の監視システムを作ってる時に人工衛星の項目があったから試しに作ったけど、かなり役立ってるみたいだな。まあこれに関してはあっちも使える可能性があるから圧倒的有利かと言えば微妙だけど。


「ですがご主人様は私達の想像を軽く超えるほどの成長速度を見せ、今では王族と言われても何ら違和感がないほどにまでなられました。まあたまに感情的になったりしてボロを出されることもありますが」


「本当にそうならいいんですけどね。……この前のデートで行った飯屋とか俺からすれば背伸びしても全然足らないような場所を選んだもんだから、内心相手の子に恥を掻かせてないか心配で心配で」


あと五分で家を出ないといけないからこの報告書が最後だな。あー、一体今日は何時に寝れるんだろ。


「確かに見た目の若さのせいもあって最初は周りの方々の視線があれでしたが人を見る目をお持ちの方々は私達が入ってきた瞬間からちゃんと見抜いていたようですし、そこら辺が足りない失礼な方々もすぐに自分達よりあの場の雰囲気にあっていることに気付いたようで逆に居づらそにしていましたのでそんな心配をする必要は全くありませんよ」


「ふー。あれに関しては結構高い店を選んだから大丈夫かと思ったんだけど、相手が違うだけで三日間全部に同じようなクソ客がいてな。今度はもっと下調べしてから店を決めるから許してくれ……。ってことで俺は学校に行ってくるわ」


九分九厘リア達も周りからの不快な視線には気付いていただろうが万が一という可能性もあったのであの件に関しては有耶無耶にしていたのだが、今回は本人の口からその話が出てきたので今まで読んでいた書類を置き立ち上がった後しっかり目を見ながら謝罪すると…何故か自分の口にチョコを咥えたリアがそのまま俺に近づいてきたかと思えば


「ん……、ちゅっ、んぅ……ちゅっ♡」


「…………ぷはぁ。なんで今から学校に行くって言ってる奴にチョコを口移しで、しかも舌を絡ませながら食わせてくんだよ‼ あと最後の締めみたいな感じでしてきた軽いキスはなに⁉」


「いってらっしゃいませのキスです♪ (王族としてのオーラが自然と出てきたのはいいですが、今度はそれらをご自分で切り替えられるようになって頂かなければいけないようですね)」


「いってっしゃのキスなら最後みたいな軽いやつだけでいいだろうが! って、ヤバッ⁉」


それから俺は急いで自分の部屋にジャケットと鞄を取りに戻り、その後リビングにいるみんなに学校に行ってくることを伝えると…さも当たり前かのようにミナとセリアにいってらっしゃいのキスをされた。


なのでせめて子供達がいないところでやれと言ったら今度はマイカが『でもこうやって幼い頃から仲のいい夫婦関係を見せておくことで将来的にはプラスに働くと思わない?』と言われ、それは確かに一理あるとか考えているうちに上手いこと丸め込まれてしまたので仕方なく学生用の研究室に誰もいないことを確認しながら玄関へと向かい、扉の隣にあるパネルを使って転移した。






「既に内々定を貰っている人も出ているので―――」


そんな去年と同じような話を真面目に聞いている奴がこの教室内に何人いるのか知らないが、少なくとも俺は聞く気がないので一応学校に着いたことをリサに報告した後隣に座っているよっちに向かって小声で


「そもそもルール上は六月から選考解禁なのに大学側が堂々と内々定の話をするってのもどうよ」


「でも最近では三年生を対象にした夏のインターンシップを利用して良さそうな人材がいれば採用担当が声を掛け、学生側が希望するようであれば秋頃から選考を開始→冬休み前には内内々定を出す。っていうのが主流になりつつあって、現に増研の何人かはそれで去年のうちに決まってたらしいよ」


「つってもそんな囲い込みをするような企業があるのは今だけ、持って来年の就活時期までだろ」


というのも多くの予想では売り手市場が続くのはギリギリ今の三年生が就活を始める頃…つまり東京オリンピックが開催されている年であり、次の年からはそれの恩恵を受けられなくなるどころか再び就活氷河期になるのではないかとまで言われている程である。


逆に今はどこもかしこも売り手市場なので企業側が学生を選ぶのではなく、学生が企業を選ぶ立場になっているのでさっきよっちが言っていた内内々定とかいう実質囲い込み現象が起こっていたりもする。


「まあうちの学科で内内々定を貰ったのは増研の人達だけ。しかも内定先は全員同じ会社でそこには元増研の人達が多いらしいから、完全にそういうことだと思うよ」


「別に自分の研究室の先生が会社側と繋がってるってのはよくある話だしその関係で紹介してもらっててのは分かるけど…大学側が企業側の囲い込みに協力して自分の教え子をその会社に入れさせるってのもね~。……自分の研究室の先生すら信用できないとは、大人の世界ってのは怖いですねホント」


それでも俺が足を踏み入れてしまった世界とは比べ物にならないほど綺麗なんだろうけど。


「なんか雰囲気変わったというか…大人っぽくなったのは気のせい? でも逆に見た目は若返ったような……」


「見た目は知らけど雰囲気は春休み中に企業説明会に行きまくったせいで変わったかもな。……はぁ、こうやって人間は子供から大人へと成長していき、いずれは社畜という負け組の仲間入りを果たすのか」


「そういえばそんな話もしてたね。それで、どこかいい所は見つかった?」


「んー、微妙なとこ…なんて悠長なこと言ってる暇はないんだろうけど考え中。よっちは?」


実際は微妙どころか本当に異世界で王様になってしまったのだが、そんなことを言えるはずもないので適当に誤魔化しながら去年と全く同じ話やら説明を聞き流し続けた。






あれから約一時間程よっちと小声で喋ったり、リサからの返信を確認したりしながら先生方のありがた~いお話を聞き流した後各研究室ごとに分かれて担当の先生と一対一で卒業研究についてや前期の授業についてなどの話し合いが行われた。


その結果俺は


月曜日:一限(一年生の授業)と五限(三年生の授業)のみ

火曜日:三限のみ(一年生の授業)

水曜日:三限のみ(四年生の授業)

木曜日:休み

金曜日:休み


という時間割になった。ちなみに俺は専門学校からの編入なので週三で学校にこなければいけないが、一年生からちゃんと授業を取っていた人達に関しては学校の方針で水曜日の三限だけで済むようになっている。


逆に俺みたいな編入生は専門学校では取れない単位がいくつかあるので他の学年の授業に混ざって勉強しなければいけない。といっても別に大学は高校までと違って色んな学科の人達が同じ教室にいたり、後で楽をしたいからという理由で別の学年の人が普通にいたりもするので『なんでアイツは四年生なのに一年生の授業にいるんだ?』とかいうことにはならいのでこれから大学に通う予定のある人、単位を落としそうで心配な人はあまり気にしなくても大丈夫なので安心してほしい。


まあ大学によっては全体の人数が少なすぎてお互いの顔と学年が一致するとか、自分が通っている学科の専門の単位を落としたせいで来年も同じ授業を取らなければいけないとかなら絶対にバレるだろうけど。


その点俺は専門科目を全部専門学校時代に取っているので全く関係ない。その代わり去年は基礎科目を、今年は四年生が対象の専門科目を一つ、専門外の科目を二つという感じで他の人達より忙しかったりもするので兎に角楽がしたいのであれば専門からの大学編入はお勧めしない。(※白崎宗司個人の感想です)

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